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ID管理とは?目的と課題・効率化するシステム導入のメリットを解説

ID管理とは?、目的と課題・効率化システムのメリットを解説

現代のビジネス環境において、企業は業務効率化や生産性向上のために、多種多様なクラウドサービス(SaaS)や社内システムを利用しています。それに伴い、従業員一人ひとりが管理しなければならないIDとパスワードは増加の一途をたどり、情報システム部門の管理業務も複雑化しています。

このような状況下で重要性が増しているのが「ID管理」です。ID管理が不十分な場合、情報漏洩や不正アクセスといったセキュリティインシデントのリスクが高まるだけでなく、管理者の業務負担増大や従業員の生産性低下といった経営課題にも直結します。

本記事では、ID管理の基本的な概念から、企業が直面する課題、そしてその課題を解決するためのID管理システムの機能や導入メリット、選び方のポイントまでを網羅的に解説します。適切なID管理を実現し、セキュアで効率的な事業運営を目指すための一助となれば幸いです。

ID管理とは

ID管理とは

ID管理は、現代の企業活動において欠かすことのできないセキュリティと業務効率の基盤です。ここでは、その基本的な意味から、関連する概念との違い、そしてなぜ今、ID管理の重要性がこれほどまでに高まっているのかを掘り下げて解説します。

ID(アイデンティティ)管理の基本的な意味

ID(アイデンティティ)管理とは、「誰が(正規の利用者か)」「いつ(業務時間内か、時間外か)」「どの情報資産に(システム、アプリケーション、データなど)」「どのような権限で(閲覧、編集、削除など)」アクセスできるのかを、組織のルールに基づいて適切に管理・統制する一連のプロセスを指します。

ここでいう「ID(アイデンティティ)」とは、単なるユーザー名やログインIDだけを指すものではありません。個人をシステム上で一意に識別するための情報群全体、すなわち氏名、社員番号、所属部署、役職、メールアドレス、連絡先といった属性情報を含んだ「デジタルの身分証明書」のようなものです。

ID管理の核心は、このアイデンティティ情報を従業員のライフサイクル(入社から異動、休職、そして退職まで)に合わせて正確かつタイムリーに維持管理することにあります。

  • 入社時: 新しい従業員に対して、業務に必要なシステムやサービスのアカウントを迅速に発行し、適切なアクセス権限を付与します。
  • 異動・昇格時: 所属部署や役職の変更に伴い、アクセス権限を遅滞なく見直し、不要になった権限を削除し、新たな権限を付与します。
  • 退職時: 退職日をもって、すべてのシステムへのアクセス権を即座に剥奪し、アカウントを無効化または削除します。

これらのライフサイクル管理が適切に行われていないと、セキュリティ上の深刻な脆弱性を生み出す原因となります。例えば、退職した従業員のアカウントが放置されれば、不正アクセスの温床になりかねません。ID管理とは、組織の情報資産を守り、業務の正当性を担保するための基本的な衛生活動であるといえるでしょう。

ID管理とアクセス管理(IAM)の違い

ID管理と密接に関連する用語として「アクセス管理」があります。しばしば混同されがちですが、両者は管理する対象と目的に違いがあります。また、これらを統合した概念が「IAM(Identity and Access Management)」です。

項目 ID管理 (Identity Management) アクセス管理 (Access Management)
主な目的 ユーザー情報の正確性と一貫性を維持する(「誰が」の管理) 認証と認可を通じて情報資産へのアクセスを制御する(「何にアクセスできるか」の管理)
管理対象 ユーザーID、パスワード、属性情報(所属、役職など)、ライフサイクル アクセス権、パーミッション、ロール、認証情報
主要なプロセス プロビジョニング、デプロビジョニング、ID情報の同期 認証(Authentication)、認可(Authorization)、監査(Audit)
具体的な機能例 IDの一元管理、パスワード同期、アカウント自動生成・削除 シングルサインオン(SSO)、多要素認証(MFA)、アクセス制御リスト(ACL)

ID管理は「利用者(Who)」に焦点を当て、その人が誰であるかを定義し、情報を最新に保つことが主目的です。一方、アクセス管理は「行動(What)」に焦点を当て、認証された利用者がどの情報資産にアクセスし、何を行うことを許可されているかを制御することが主目的です。

そして、このID管理とアクセス管理を統合し、包括的にセキュリティを管理する仕組みや考え方がIAM(Identity and Access Management)です。現代の企業セキュリティにおいては、このIAMの考え方が主流となっています。ID管理はIAMの根幹をなす要素であり、正確なID情報がなければ、適切なアクセス管理は実現できません。つまり、「正しい人に、正しい権限を、正しいタイミングで」付与し、管理するための大前提がID管理なのです。

ID管理の重要性が高まっている背景

近年、ID管理の重要性が急速に高まっています。その背景には、企業を取り巻くIT環境や働き方の劇的な変化があります。

クラウドサービスの普及

かつて、企業のITシステムは自社内にサーバーを設置するオンプレミス環境が中心でした。しかし、現在では、SaaS(Software as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)といったクラウドサービスの利用が爆発的に増加しています。

業務で利用するサービスが増えれば増えるほど、管理すべきIDとパスワードも比例して増加します。従業員は多数のログイン情報を記憶する必要に迫られ、管理者はサービスごとにアカウントを発行・管理するという煩雑な作業に追われます。

さらに深刻なのが「シャドーIT」の問題です。シャドーITとは、情報システム部門の許可を得ずに、従業員が個人または部署単位で勝手に利用するクラウドサービスやデバイスのことです。管理者の目が届かないところで重要な情報が扱われるため、情報漏洩や不正利用のリスクが極めて高くなります

このような状況において、組織として利用しているすべてのサービスのIDを中央で一元的に管理し、誰が何を使っているかを可視化するID管理の仕組みは、セキュリティガバナンスを維持するために不可欠です。

働き方の多様化

新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機に、テレワークやリモートワークが多くの企業で定着しました。また、フリーランスや業務委託など、外部のパートナーと協業する機会も増えています。

従来のオフィス中心の働き方では、「社内ネットワークは安全、社外は危険」という境界型防御モデルが有効でした。しかし、自宅やカフェ、コワーキングスペースなど、さまざまな場所から社内システムやクラウドサービスにアクセスするのが当たり前になった今、このモデルは通用しません。

そこで重要になるのが、「ゼロトラスト」というセキュリティの考え方です。ゼロトラストとは、「何も信用しない」を前提とし、すべてのアクセス要求をその都度検証するアプローチです。このゼロトラストセキュリティを実現するための核となるのが、まさにID管理です。

誰が、どのデバイスで、どこからアクセスしているのかといった情報を基に、アクセスの可否を動的に判断するためには、信頼できるID情報基盤が必須となります。多様な働き方を安全に実現するためにも、ID管理の強化が求められているのです。

サイバー攻撃の高度化

サイバー攻撃の手法は年々巧妙化・高度化しており、企業にとって深刻な脅威となっています。特に、攻撃者の多くは、システムの脆弱性を突くよりも、盗んだり推測したりした正規のIDとパスワードを使って内部に侵入しようとします

例えば、以下のような攻撃がID情報を標的にしています。

  • パスワードリスト攻撃: 他のサービスから漏洩したIDとパスワードのリストを使い、不正ログインを試みる攻撃。
  • ブルートフォース攻撃(総当たり攻撃): 考えられるすべてのパスワードの組み合わせを機械的に試す攻撃。
  • フィッシング詐欺: 正規のサービスを装った偽のメールやWebサイトに誘導し、IDとパスワードを詐取する攻撃。

ひとたび認証情報が窃取されれば、攻撃者は正規の利用者になりすましてシステムに侵入し、機密情報の窃取、データの改ざん・破壊、ランサムウェアの展開など、甚大な被害を引き起こす可能性があります。

こうした脅威に対抗するためには、推測されにくい複雑なパスワードの設定を強制するだけでなく、多要素認証(MFA)を導入して認証プロセスそのものを強化することが不可欠です。強力な認証と適切な権限管理を組み合わせたID管理は、サイバー攻撃に対する最も効果的な防御策の一つとなっています。

企業が抱えるID管理の主な課題

管理者の業務負担が増大する、セキュリティリスクが高まる、従業員の生産性が低下する、内部統制やコンプライアンスへの対応が難しい

多くの企業では、ID管理の重要性を認識しつつも、さまざまな課題に直面しています。手動での管理に依存している場合、その問題はより深刻になります。ここでは、企業が抱えがちなID管理の主な課題を4つの側面から詳しく見ていきます。

管理者の業務負担が増大する

ID管理における最も顕著な課題は、情報システム部門や管理者の業務負担の増大です。特に、Excelなどの表計算ソフトを使って手動で管理している場合、その負担は計り知れません。

従業員のライフサイクルイベントが発生するたびに、管理者は以下のような定型的かつ反復的な作業に追われることになります。

  • 入社時: 新入社員一人ひとりに対して、利用するすべてのシステムやクラウドサービスのアカウントを手作業で作成し、パスワードを個別に通知する。部署や役職に応じたアクセス権限を一つずつ設定する。
  • 異動時: 異動者の所属部署や役職情報を更新し、旧部署で利用していたシステムへのアクセス権を削除し、新部署で必要となる権限を新たに追加する。この権限の見直しと変更作業は、ミスが発生しやすく非常に神経を使います。
  • 退職時: 退職者が利用していたすべてのアカウントを漏れなくリストアップし、一つずつ手作業で無効化または削除する。

これらの作業は、利用するサービスの数が多ければ多いほど、指数関数的に煩雑になります。数十、数百のサービスを利用している企業では、管理者がID管理業務に忙殺され、本来注力すべき戦略的なIT企画やセキュリティ対策の強化といったコア業務に時間を割けなくなるという本末転倒な事態に陥りがちです。

さらに、従業員からの「パスワードを忘れました」という問い合わせ対応も、管理者の大きな負担源です。パスワードリセットの依頼が頻繁に寄せられると、その都度、本⼈確認を⾏い、仮パスワードを発⾏するといった作業に多くの時間が奪われます。これらの手作業による非効率な運用が、情報システム部門全体の生産性を低下させる大きな要因となっているのです。

セキュリティリスクが高まる

手動によるID管理は、業務負担だけでなく、深刻なセキュリティリスクも内包しています。ヒューマンエラーが介在する余地が大きく、それがセキュリティホールに直結するからです。

退職者アカウントの放置

ID管理における最も危険なリスクの一つが、退職した従業員のアカウントが削除されずに放置される「幽霊アカウント」の問題です。管理者が多忙であったり、管理プロセスが確立されていなかったりすると、退職者のアカウント削除が漏れてしまうことがあります。

この放置されたアカウントは、悪意のある第三者や元従業員による不正アクセスの格好の標的となります。万が一、このアカウントにログインされてしまうと、あたかも正規の従業員であるかのようにシステム内部に侵入され、機密情報の窃取やデータの破壊といった重大なインシデントにつながる恐れがあります。特に、管理者権限を持つアカウントが放置された場合の被害は甚大です。退職者のアカウントを即時かつ確実に無効化するプロセスは、セキュリティの基本中の基本ですが、手動管理ではその徹底が難しいのが実情です。

不要な権限の付与

セキュリティの基本原則に「最小権限の原則」があります。これは、ユーザーに与えるアクセス権限を、業務遂行に必要な最小限のレベルに留めるべきだという考え方です。しかし、手動管理ではこの原則を維持することが困難です。

例えば、以下のような状況が頻繁に発生します。

  • 異動時の権限残存: 営業部から企画部に異動した従業員が、企画部の権限を新たに付与される一方で、不要になったはずの営業部の顧客情報データベースへのアクセス権が削除されずに残ってしまう。
  • 過剰な権限付与: 新しいプロジェクトに参加するメンバーに対し、本来は閲覧権限だけで十分な場面で、手間を惜しんで編集権限まで含んだ管理者権限を与えてしまう。
  • とりあえずの権限コピー: 新入社員に権限を付与する際、本来の業務内容を精査せず、同じ部署の先輩社員の権限設定をそのままコピーしてしまう。

このようにして蓄積された不要な権限は、内部不正の温床となるだけでなく、マルウェア感染や外部からの攻撃を受けた際の被害範囲を不必要に拡大させる原因となります。

パスワードの使い回し

従業員一人ひとりが多数のサービスIDとパスワードを管理しなければならない状況は、必然的にセキュリティリスクの高い行動を誘発します。その代表例がパスワードの使い回しです。

多くの従業員は、覚えきれないほどのパスワードを管理する負担から、複数のサービスで同じパスワードを設定しがちです。しかし、この行為は極めて危険です。なぜなら、どこか一つのサービスからパスワードが漏洩した場合、その情報を使って他のサービスにも次々と不正ログインされてしまう「パスワードリスト攻撃」の被害に遭う可能性が飛躍的に高まるからです。

企業が従業員に対して「サービスごとに異なる複雑なパスワードを設定するように」と呼びかけても、強制力がなければ徹底されません。結果として、従業員の個人的なパスワード管理の甘さが、組織全体のセキュリティを脅かす脆弱性となってしまうのです。

従業員の生産性が低下する

ID管理の課題は、管理者やセキュリティだけの問題ではありません。従業員一人ひとりの日々の業務効率、すなわち生産性にも直接的な影響を及ぼします。

利用するクラウドサービスや社内システムが増えるほど、従業員は毎朝、あるいは業務中に何度もログイン作業を繰り返すことになります。サービスごとに異なるIDとパスワードを思い出し、入力する作業は、わずかな時間かもしれませんが、積み重なると相当なロスタイムになります。

さらに深刻なのが、パスワード忘れによる業務の中断です。いざシステムを使おうとした時にパスワードを思い出せず、ログインできない。パスワードの再設定を管理者に依頼しても、すぐに対応してもらえるとは限りません。その間、本来進めるべき業務が完全にストップしてしまい、生産性は著しく低下します。これは、従業員本人にとって大きなストレスであると同時に、企業全体で見ても無視できない機会損失です。

内部統制やコンプライアンスへの対応が難しい

現代の企業には、J-SOX法(金融商品取引法における内部統制報告制度)や個人情報保護法、業界ごとの各種ガイドラインなど、遵守すべき法令や規制が数多く存在します。これらの多くは、情報資産へのアクセス管理について厳格な要件を定めています。

具体的には、「誰が、いつ、どの情報にアクセスしたか」を正確に記録し、不正がないことを証明できる監査証跡(アクセスログ)の保管が求められます。また、内部監査や外部監査の際には、これらの記録を速やかに提出する義務があります。

しかし、手動でのID管理では、これらの要件を満たすことは極めて困難です。

  • ログの散在: 各システムやサービスにログが分散しており、一元的に収集・分析することができない。
  • ログの欠落: そもそも必要なログが取得されていない、あるいは保存期間が短く、監査時点で既に消去されている。
  • レポート作成の困難: 監査人から特定の期間における特定のユーザーのアクセス履歴を求められても、複数のシステムのログを目視で突き合わせる必要があり、膨大な時間と手間がかかる。

このように、適切なID管理体制がなければ、内部統制の有効性を客観的に証明することが難しくなり、コンプライアンス違反のリスクを抱えることになります。これは、企業の社会的信用やブランド価値を大きく損なう可能性のある、重大な経営課題です。

ID管理を行う3つの目的

セキュリティを強化する、業務効率を向上させる、内部統制とコンプライアンスを遵守する

企業が抱えるID管理の課題を克服し、適切な管理体制を構築することには明確な目的があります。それは単に問題を解決するだけでなく、企業経営にプラスの効果をもたらす戦略的な取り組みです。ここでは、ID管理を行う主要な3つの目的について解説します。

① セキュリティを強化する

ID管理の最も重要かつ根源的な目的は、企業の生命線である情報資産をあらゆる脅威から保護し、セキュリティレベルを抜本的に向上させることです。適切なID管理は、多層的なセキュリティ防御の基盤となります。

第一に、不正アクセスの防止です。ID管理を通じて、正当な権限を持つユーザーだけが情報資産にアクセスできる環境を確立します。特に、多要素認証(MFA)の導入は、IDとパスワードが万が一漏洩したとしても、スマートフォンへの通知や生体認証といった追加の認証要素がなければログインできないため、不正アクセスを極めて困難にします。これは、パスワードリスト攻撃などの認証情報を狙ったサイバー攻撃に対する非常に強力な対抗策となります。

第二に、情報漏洩リスクの低減です。従業員のライフサイクルに連動したID管理を徹底することで、退職者アカウントの削除漏れといった基本的なセキュリティホールを防ぎます。また、最小権限の原則に基づき、従業員には業務に必要な最低限のアクセス権のみを付与することで、内部不正のリスクや、マルウェア感染時に被害が拡大するリスクを最小限に抑えることができます。

さらに、昨今の「ゼロトラストセキュリティ」モデルの実現においても、ID管理は中心的な役割を担います。信頼できるID基盤があって初めて、ユーザー、デバイス、場所といった様々なコンテキスト情報に基づいた動的なアクセスポリシーを適用できるようになります。ID管理の強化は、もはや時代遅れとなった境界型防御から脱却し、次世代のセキュリティアーキテクチャへ移行するための第一歩なのです。

② 業務効率を向上させる

ID管理は、セキュリティという「守り」の側面だけでなく、業務効率という「攻め」の側面にも大きく貢献します。その効果は、管理者と従業員の両方に及びます。

管理者側の視点では、ID管理にまつわる定型業務の自動化が最大のメリットです。人事システムなどと連携し、入社、異動、退職といったイベントに応じて、関連するシステムのアカウント作成、権限変更、削除を自動的に行う「プロビジョニング」機能により、手作業に費やしていた膨大な時間を削減できます。これにより、管理者はパスワードリセットのような受け身の作業から解放され、より戦略的で付加価値の高い業務に集中できるようになります。情報システム部門がコストセンターから、事業成長に貢献するプロフィットセンターへと変革するきっかけにもなり得ます。

一方、従業員側の視点では、利便性の向上による生産性の向上が期待できます。その代表的な機能が「シングルサインオン(SSO)」です。一度の認証作業で、連携している複数のクラウドサービスや社内システムにシームレスにアクセスできるようになるため、サービスごとにIDとパスワードを入力する手間が一切なくなります。これにより、ログインにかかる時間のロスが削減されるだけでなく、多数のパスワードを記憶・管理する心理的負担からも解放されます。パスワード忘れによる業務の中断もなくなり、従業員は本来の業務に集中できる時間が増え、組織全体の生産性向上につながります

③ 内部統制とコンプライアンスを遵守する

企業活動における法令遵守(コンプライアンス)の重要性は、年々高まっています。ID管理体制の整備は、内部統制を強化し、各種法令や業界標準への準拠を証明するための強力な武器となります。

適切なID管理システムを導入することで、「いつ、誰が、どの情報資産にアクセスしたか」というアクセスログを一元的に収集・保管し、可視化できます。これにより、不正な操作や不審なアクセスの兆候を早期に発見し、迅速に対応することが可能になります。ログが常に監視されているという事実は、内部不正に対する強力な抑止力としても機能します。

また、J-SOX法や個人情報保護法、ISMSISO/IEC 27001)認証、PCI DSS(クレジットカード業界のセキュリティ基準)など、多くの規制や認証制度では、アクセス制御の記録と定期的なレビューが要求されます。ID管理システムは、これらの監査に対応するためのレポートを自動的に生成する機能を備えていることが多く、監査対応にかかる工数を大幅に削減できます。

誰にどのような権限が付与されているかを常に正確に把握し、その変更履歴を追跡できる状態を維持することは、「IT全般統制」の要件を満たす上で不可欠です。ID管理は、単なるITツールではなく、企業の社会的責任を果たし、ステークホルダーからの信頼を維持するための経営基盤そのものであるといえるでしょう。

ID管理の具体的な方法

企業のID管理を実現するには、いくつかの方法があります。それぞれにメリットとデメリットがあり、組織の規模や利用しているシステムの状況によって最適な方法は異なります。ここでは、代表的な3つの管理方法を比較・解説します。

管理方法 主なメリット 主なデメリット 適した環境
表計算ソフト(Excelなど) ・導入コストがほぼかからない
・特別な知識が不要で手軽に始められる
・ヒューマンエラーが頻発する
・リアルタイム性に欠け、セキュリティリスクが高い
・管理者の業務負担が非常に大きい
・監査対応が困難
創業間もない企業や、管理対象IDが極めて少ない小規模な組織
Active Directory ・Windows環境におけるID情報の一元管理
・グループポリシーによる詳細なアクセス制御
・オンプレミス環境における標準的な手法
・クラウドサービスとの連携が標準では複雑
・構築・運用に専門的な知識が必要
・サーバーなどのインフラコストがかかる
オンプレミス環境が主体で、Windows中心のITインフラを持つ企業
ID管理システム(IDaaS ・クラウド/オンプレミスを問わずIDを一元管理
・SSOやMFAなど高度なセキュリティ機能
・プロビジョニングによる業務自動化
・監査対応の効率化
・サービス利用料(ライセンス費用)がかかる
・システム障害時の影響範囲が広い
複数のクラウドサービスを積極的に利用する、現代的なIT環境を持つ企業

表計算ソフト(Excelなど)での手動管理

最も原始的で手軽な方法が、Excelなどの表計算ソフトを使ってID管理台帳を作成し、手動で情報を更新していく方法です。

メリットは、何と言ってもコストがかからない点です。多くの企業では既に表計算ソフトが導入されており、特別な追加投資なしですぐに始められます。また、基本的な操作を知っていれば誰でも管理できるため、専門的な知識も不要です。

しかし、そのデメリットは甚大です。まず、ヒューマンエラーが避けられません。手作業での入力やコピー&ペーストは、入力ミスや更新漏れを誘発します。退職者アカウントの削除忘れや、誤った権限の付与など、深刻なセキュリティインシデントに直結するミスが起こりやすくなります。

また、リアルタイム性に欠けるという致命的な弱点があります。人事異動の情報が管理台帳に反映されるまでにタイムラグが生じ、その間、セキュリティ上のリスクが存在し続けることになります。さらに、管理対象のIDやサービスが増えるにつれて管理ファイルは肥大化・複雑化し、管理者の負担は限界に達します。監査対応の際には、必要な情報を探し出すのに膨大な時間がかかり、実用的ではありません。

この方法は、従業員数が数名程度で、利用するサービスもごくわずかな創業期の企業など、限定的な状況でしか成り立たないと考えられます。

Active Directoryでの管理

多くの企業、特にオンプレミス環境を長く運用してきた企業で標準的に利用されているのが、Microsoft社が提供するActive Directory(AD)です。

ADは、Windowsサーバーに搭載されるディレクトリサービスで、社内ネットワーク上のユーザー情報、PC端末、サーバー、プリンターといったリソースを一元管理するための仕組みです。メリットは、Windowsドメイン環境において非常に強力なID管理・アクセス制御基盤を構築できる点です。ユーザーをグループ単位で管理し、「グループポリシー」という機能を使って、PCの利用制限やソフトウェアのインストール制限など、きめ細かな制御を行えます。オンプレミスのファイルサーバーや業務システムとの連携に強く、長年の実績とノウハウが蓄積されています。

一方でデメリットもあります。ADは元々オンプレミス環境を前提に設計されているため、SaaSなどのクラウドサービスとのID連携は標準機能だけでは困難です。連携させるには、AD FS(Active Directory Federation Services)といった追加コンポーネントの構築が必要となり、設計・運用の難易度が高く、専門的な知識が求められます。また、ADを運用するためのサーバー費用やライセンス費用、管理者の人件費といったコストもかかります。

ADは、今でもオンプレミス中心の企業にとっては有効な選択肢ですが、クラウドシフトが進む現代においては、その限界も見え始めています。

ID管理システムでの管理

クラウドサービスの普及と働き方の多様化に対応するために登場したのが、専門のID管理システムです。特に、クラウドサービスとして提供されるIDaaS(Identity as a Service)が現在の主流となっています。

最大のメリットは、オンプレミスとクラウドのハイブリッド環境に存在するあらゆるID情報を、一つのプラットフォームで一元管理できる点です。これにより、ADが苦手としていたクラウドサービスとのID連携が容易になり、真の統合ID管理基盤を構築できます。

さらに、シングルサインオン(SSO)、多要素認証(MFA)、IDライフサイクル管理を自動化するプロビジョニング、詳細な監査ログの取得といった、現代のビジネスに不可欠な高度な機能を標準で提供しています。これにより、セキュリティを大幅に強化しながら、管理者と従業員双方の業務効率を劇的に改善できます。

デメリットとしては、サービスの利用料(サブスクリプション費用)が発生する点が挙げられます。また、すべての認証をIDaaSに集約するため、万が一IDaaS自体に障害が発生した場合、連携しているすべてのサービスにログインできなくなるという単一障害点(SPOF)のリスクも考慮する必要があります。

しかし、これらのデメリットを補って余りあるメリットがあるため、クラウド利用が進んでいる多くの企業にとって、ID管理システム(IDaaS)は最も現実的で効果的な選択肢となっています。

ID管理システム(IDaaS)とは

ID管理システム(IDaaS)とは

ID管理の課題を解決する現代的なソリューションとして、IDaaS(Identity as a Service)が注目されています。IDaaSは、ID管理とアクセス管理の機能をクラウド上のサービスとして提供するものです。企業は自社でサーバーを構築・運用することなく、サブスクリプション形式で高度なID管理機能を利用できます。ここでは、IDaaSが持つ主な機能について詳しく解説します。

ID管理システムの主な機能

IDaaSは、セキュリティ強化と業務効率化を実現するための多彩な機能を備えています。主要な5つの機能を見ていきましょう。

ID情報の一元管理(プロビジョニング)

IDaaSの中核となる機能が、社内外のさまざまなシステムに散在するID情報を一つのダッシュボードで一元的に管理する機能です。オンプレミスのActive Directoryや各種業務システム、そしてMicrosoft 365やGoogle Workspace、Salesforceといった無数のクラウドサービスのアカウント情報を集約し、可視化します。

この一元管理をさらに強力にするのが「プロビジョニング」および「デプロビジョニング」と呼ばれる機能です。

  • プロビジョニング: ユーザーアカウントを自動的に作成・設定する機能。例えば、人事システムに新入社員の情報が登録されると、それをトリガーとして、業務に必要なすべてのサービスのアカウントが自動で作成され、適切な権限が付与されます。
  • デプロビジョニング: ユーザーアカウントを自動的に停止・削除する機能。従業員が退職すると、人事システムの情報を基に、その従業員が利用していたすべてのアカウントが即座に無効化または削除されます。

このプロビジョニング機能により、管理者は手作業によるアカウント管理業務から完全に解放されます。入社・異動・退職に伴う作業が自動化されるため、対応の迅速性と正確性が飛躍的に向上し、退職者アカウントの削除漏れといった致命的なセキュリティリスクを根本から排除できます。

シングルサインオン(SSO)

シングルサインオン(SSO)は、一度の認証で、許可された複数のクラウドサービスや社内システムに、再度パスワードを入力することなくアクセスできる機能です。従業員の利便性を劇的に向上させる機能として、多くのIDaaSが標準で搭載しています。

従業員は、まずIDaaSのポータルサイトにログインします。この最初の認証さえクリアすれば、ポータル上に表示される連携済みサービスのアイコンをクリックするだけで、各サービスをパスワードレスで利用開始できます。

SSOを実現する技術には、SAML(Security Assertion Markup Language)やOpenID Connectといった標準プロトコルが用いられており、多くのクラウドサービスがこれらのプロトコルに対応しています。

SSOを導入することで、従業員は無数のパスワードを記憶・管理する負担から解放され、ログインにかかる時間を削減できます。これにより、業務の生産性が向上するだけでなく、パスワードの使い回しといった危険な行動を防ぐ効果も期待できます。

多要素認証(MFA)

多要素認証(MFA: Multi-Factor Authentication)は、IDとパスワードによる「知識情報」に加えて、別の要素を組み合わせることで認証を強化するセキュリティ機能です。IDaaSは、このMFAをすべての連携サービスに対して横断的に適用することを可能にします。

認証の3要素は以下の通りです。

  1. 知識情報: 本人だけが知っている情報(パスワード、PINコード、秘密の質問など)
  2. 所持情報: 本人だけが持っているモノ(スマートフォン、ICカード、ハードウェアトークンなど)
  3. 生体情報: 本人固有の身体的特徴(指紋、顔、静脈、虹彩など)

MFAでは、これらの要素のうち2つ以上を組み合わせて本人確認を行います。例えば、「パスワード入力」後に、「スマートフォンに送信されるワンタイムパスワードの入力」を要求する、といった形です。

万が一パスワードが漏洩したとしても、攻撃者は利用者のスマートフォンを持っていなければログインできないため、不正アクセスのリスクを劇的に低減できます。IDaaSでは、ログイン元のIPアドレスや時間帯に応じてMFAを要求するかどうかを動的に変更する「コンテキスト認証(アダプティブ認証)」といった、より高度な設定も可能です。

アクセス権限の管理

IDaaSは、誰がどの情報資産にアクセスできるかをきめ細かく制御するための強力なアクセス権限管理機能を提供します。

多くのIDaaSでは、RBAC(Role-Based Access Control:ロールベースのアクセス制御)という考え方を採用しています。これは、ユーザーを「営業部」「開発部」「経理部」といった部署や、「一般社員」「マネージャー」「管理者」といった役職(ロール)ごとにグループ化し、そのロールに対してアクセス権限を割り当てる方式です。

例えば、「営業部」ロールにはCRM(顧客管理システム)へのアクセス権を付与し、「開発部」ロールにはソースコード管理ツールへのアクセス権を付与する、といった設定が可能です。従業員が入社したり異動したりした際には、その人に適切なロールを割り当てるだけで、関連するすべての権限が自動的に適用されます。

これにより、最小権限の原則を効率的に運用することができ、不要な権限の付与を防ぎ、セキュリティとガバナンスを強化できます。

ログ管理と監査レポート

IDaaSは、認証とアクセスに関するあらゆる操作を記録する、詳細なログ管理機能を備えています。

  • いつ(日時)
  • 誰が(ユーザー名)
  • どこから(IPアドレス、国)
  • どのデバイスを使って
  • どのアプリケーションにログインしようとし
  • その結果はどうだったか(成功、失敗)

といった情報が、すべてログとして一元的に収集・保管されます。このログを分析することで、不審なログイン試行(深夜のアクセス、海外からのアクセスなど)を検知し、セキュリティインシデントの予兆を捉えることができます。

さらに、これらのログデータを基に、内部統制や外部監査に対応するためのレポートを簡単に生成する機能も重要です。例えば、「特定のユーザーの過去3ヶ月間の全アクセス履歴」や、「管理者権限を持つユーザーの一覧」といったレポートを、ボタン一つで出力できます。これにより、これまで膨大な手間がかかっていた監査対応業務を大幅に効率化し、コンプライアンス要件を容易に満たすことが可能になります。

ID管理システムを導入する4つのメリット

管理者の業務負担を大幅に軽減できる、従業員の利便性と生産性が向上する、セキュリティレベルを向上させる、内部統制とコンプライアンスを強化できる

ID管理システム(IDaaS)を導入することは、単なるITツールの導入に留まらず、企業経営全体に多岐にわたるメリットをもたらします。ここでは、その代表的な4つのメリットを、具体的な効果と共に解説します。

① 管理者の業務負担を大幅に軽減できる

ID管理システム導入による最も直接的で分かりやすいメリットは、情報システム部門の管理者が担ってきた、煩雑で時間のかかるID管理業務からの解放です。

これまで手作業で行っていたアカウントのライフサイクル管理が、プロビジョニング機能によって完全に自動化されます。

  • 入社: 人事マスタへの登録をトリガーに、必要なアカウント群が自動生成されます。新入社員は入社初日からスムーズに業務を開始できます。
  • 異動: 部署や役職の変更に合わせて、アクセス権限が自動で更新されます。権限の付け替え漏れや削除漏れといったミスがなくなります。
  • 退職: 退職日を迎えると同時に、すべてのアカウントが自動で無効化されます。これにより、セキュリティ上最も危険な退職者アカウントの放置リスクを確実に排除できます。

これらの自動化により、管理者はこれまでID管理に費やしてきた膨大な時間を、より戦略的な業務に振り向けることができるようになります。例えば、全社的なセキュリティポリシーの見直し、新たなテクノロジーの導入検討、DX推進の企画立案など、企業の競争力強化に直結する付加価値の高い仕事に集中できる環境が整います

また、従業員自身がパスワードをリセットできるセルフサービス機能も、管理者の負担軽減に大きく貢献します。「パスワードを忘れました」という日常的な問い合わせ対応から解放される効果は、想像以上に大きいものです。

② 従業員の利便性と生産性が向上する

ID管理システムは、管理者だけでなく、システムを利用する全従業員の利便性を高め、組織全体の生産性を向上させます。その鍵となるのがシングルサインオン(SSO)機能です。

SSOが導入されると、従業員は業務で利用する多数のアプリケーションに対して、個別にIDとパスワードを入力する必要がなくなります。朝、一度ID管理システムにログインするだけで、その後はポータル画面からワンクリックで目的のサービスにアクセスできます。

これにより、以下のような効果が生まれます。

  • 時間的ロスの削減: ログイン作業の繰り返しという、日々の小さな非効率を解消します。
  • 認知的負担の軽減: 複数の複雑なパスワードを記憶・管理するというストレスから解放されます。
  • 業務の中断防止: パスワード忘れによるログイン失敗や、それに伴う再設定作業の待ち時間がなくなり、業務フローがスムーズになります。

従業員は、ITの煩わしさに気を取られることなく、本来の創造的な業務に集中できるようになります。従業員一人ひとりの生産性のわずかな向上が、組織全体として積み重なることで、大きな競争優位性となるのです。従業員満足度(EX)の向上という観点からも、ID管理システムの導入は非常に有効な施策といえるでしょう。

③ セキュリティレベルを向上させる

ID管理システムの導入は、企業のセキュリティ体制を旧来のモデルから次世代のレベルへと引き上げる、最も効果的な手段の一つです。

まず、多要素認証(MFA)を全社的に、かつ容易に展開できることが大きなメリットです。パスワードだけに依存した認証は、もはや安全とは言えません。MFAを必須とすることで、たとえパスワードが漏洩しても、不正アクセスされる可能性を劇的に低減できます。ID管理システムを使えば、この強力なMFAを、クラウドサービスや社内システムなど、あらゆる認証シーンに横断的に適用できます。

次に、アクセス制御の精度向上です。ロールベースのアクセス制御(RBAC)により、最小権限の原則を組織的に徹底することが可能になります。不要な権限の付与や、異動・退職後も権限が残存するといった、手動管理で起こりがちな問題を根本から解決し、内部不正や設定ミスによる情報漏洩リスクを最小化します。

さらに、詳細なアクセスログの取得と監視により、不審なアクティビティをリアルタイムで検知し、インシデントへの迅速な対応が可能になります。これは、攻撃の被害を未然に防いだり、被害を最小限に食い止めたりするために不可欠です。

これらの機能を組み合わせることで、「何も信用しない」を前提とするゼロトラストセキュリティの実現に向けた、強固な基盤を構築することができるのです。

④ 内部統制とコンプライアンスを強化できる

現代の企業経営において、内部統制の確立とコンプライアンスの遵守は、企業の存続に関わる重要な課題です。ID管理システムは、これらの要請に応えるための強力なツールとなります。

最大の強みは、IT統制の「可視化」と「自動化」です。

  • 可視化: 「誰が、どのような権限を持っているのか」「誰が、いつ、どのシステムにアクセスしたのか」といった情報が、常に正確かつ最新の状態で一元管理されます。これにより、アクセス権限の棚卸しやレビューが容易になり、統制の有効性を客観的に示すことができます。
  • 自動化: 監査に必要な各種レポート(例:特権IDの利用者一覧、過去90日間のログイン失敗ログなど)を、システムが自動で生成します。これにより、これまで監査のたびに多大な工数をかけて手作業で作成していた資料準備から解放され、監査対応を劇的に効率化できます。

J-SOX法、個人情報保護法、GDPR、ISMS認証といった、さまざまな法規制や業界標準が求めるアクセス管理要件への準拠を、効率的かつ確実に証明できるようになります。これは、企業の社会的信用を維持し、ビジネスリスクを低減する上で極めて重要です。ID管理システムへの投資は、単なるコストではなく、企業の信頼性と持続可能性を高めるための戦略的投資であると位置づけることができます。

ID管理システム導入時の注意点

導入と運用にコストがかかる、システム障害時の影響範囲が広くなる、自社の環境に合わせた設定が必要になる

ID管理システム(IDaaS)は多くのメリットをもたらしますが、導入を成功させるためには、事前にいくつかの注意点を理解しておく必要があります。メリットだけに目を向けるのではなく、潜在的なリスクや課題を把握し、対策を講じることが重要です。

導入と運用にコストがかかる

ID管理システムの導入にあたって、最も現実的な課題はコストです。手軽なExcel管理や、既存のActive Directoryと異なり、専門のIDaaSを利用するには、継続的な費用が発生します

コストの体系はサービスによって異なりますが、一般的には以下の要素で構成されます。

  • 初期導入費用: システムの初期設定や既存環境からの移行などをベンダーやSIerに依頼する場合に発生する費用。
  • ライセンス費用: 多くのIDaaSは、利用するユーザー数に応じたサブスクリプションモデルを採用しています。「1ユーザーあたり月額〇〇円」といった形で、毎月または毎年、継続的に支払いが発生します。
  • オプション機能費用: 基本プランに含まれない高度な機能(例:高度なプロビジョニング機能、ライフサイクル管理機能など)を利用する場合、追加の費用が必要になることがあります。

これらのコストは、企業の規模や利用する機能の範囲によっては、決して小さくない投資となります。そのため、導入前には費用対効果(ROI)を慎重に検討する必要があります。具体的には、ID管理の自動化によって削減される管理者の人件費、SSO導入による全従業員の生産性向上効果、そしてセキュリティインシデント発生時の潜在的な損失額などを試算し、投資の妥当性を評価することが求められます。単にコストだけを見るのではなく、「ID管理システムを導入しないことによるリスクや非効率」という機会損失コストも考慮に入れることが重要です。

システム障害時の影響範囲が広くなる

IDaaSは、社内のあらゆるシステムへの認証を中央で一手に引き受ける、いわば「認証の関所」です。このアーキテクチャは大きな効率化をもたらす一方で、単一障害点(SPOF: Single Point of Failure)となるリスクを内包しています。

つまり、万が一IDaaSのシステム自体に大規模な障害が発生した場合、それに連携しているすべてのクラウドサービスや社内システムにログインできなくなり、全社的に業務が停止してしまう可能性があります。これは、IDaaSを導入する上で最も考慮すべきリスクの一つです。

このリスクを完全にゼロにすることはできませんが、軽減するための対策は可能です。

  • ベンダーの信頼性評価: 導入するIDaaSベンダーの信頼性を入念に確認することが不可欠です。SLA(Service Level Agreement:サービス品質保証制度)で定められた稼働率、過去の障害履歴と対応実績、データセンターの冗長構成などを詳しくチェックしましょう。
  • 障害発生時の対応計画: ベンダーの障害情報を迅速に受け取るための体制を整え、社内での情報共有やユーザーへの周知方法をあらかじめ定めておくことが重要です。
  • 代替アクセス手段の確保: どうしても業務停止が許されない最重要システムについては、IDaaSが停止した場合でも限定的にアクセスできるような、緊急用のローカルアカウントを用意しておくなどの代替手段を検討することも有効です。

自社の環境に合わせた設定が必要になる

ID管理システムは、導入すればすぐに効果が出る「魔法の杖」ではありません。その効果を最大限に引き出すためには、自社の組織構造、業務フロー、そしてセキュリティポリシーに合わせて、細かな設定を丁寧に行う必要があります。

例えば、以下のような設定作業が必要になります。

  • ロール(役割)の設計: 自社の部署や役職、プロジェクト体制などを分析し、どのようなロールを作成し、各ロールにどのアプリケーションへのアクセス権限を割り当てるかを定義する必要があります。これは、ID管理プロジェクトにおける最も重要な設計作業の一つです。
  • ポリシールールの設定: どのような条件下で多要素認証(MFA)を要求するか(例:社外からのアクセス時のみ、特定のアプリへのアクセス時のみ)、パスワードの複雑性要件はどうするか、といったセキュリティポリシーをシステムに反映させる必要があります。
  • 既存システムとの連携設定: 利用中のクラウドサービスやオンプレミスのActive Directoryなど、連携対象となるシステムごとに、SAMLやSCIMといったプロトコルを用いた接続設定を行う必要があります。

これらの設定には、ある程度の専門知識が求められます。自社の情報システム部門だけで対応が難しい場合は、ベンダーが提供する導入支援サービスや、経験豊富なインテグレーションパートナーの協力を得ることも、プロジェクト成功の鍵となります。初期設定を疎かにすると、せっかくのシステムが宝の持ち腐れになりかねないため、導入計画の段階で十分なリソースと時間を確保することが肝心です。

自社に合ったID管理システムの選び方 5つのポイント

導入目的を明確にする、連携したいサービスに対応しているか確認する、必要な機能が揃っているか確認する、セキュリティ対策は万全か確認する、サポート体制は充実しているか確認する

市場には数多くのID管理システム(IDaaS)が存在し、それぞれに特徴や強みがあります。その中から自社にとって最適なシステムを選ぶためには、明確な基準を持って比較検討することが不可欠です。ここでは、選定時に必ず押さえておきたい5つのポイントを解説します。

① 導入目的を明確にする

システム選定を始める前に、まず「何のためにID管理システムを導入するのか」という目的を社内で明確に合意形成することが最も重要です。目的が曖昧なままでは、各システムの機能を正しく評価できず、導入後に「思っていたのと違った」という結果になりかねません。

主な導入目的としては、以下のようなものが考えられます。

  • 最優先課題はセキュリティ強化: パスワード漏洩対策としてMFAを導入したい、退職者アカウントのリスクを排除したい、ゼロトラストへの移行を目指したい。
  • 主眼は業務効率の向上: 情シスのID管理工数を削減したい、従業員のログインの手間を省いて生産性を上げたい。
  • コンプライアンス対応が急務: J-SOX監査やISMS認証の対応を効率化したい、アクセスログの管理を徹底したい。

例えば、「セキュリティ強化」が最優先であれば、多要素認証の選択肢の豊富さや、コンテキストに応じた動的なアクセスポリシー設定機能(アダプティブ認証)などが重要な評価項目になります。一方で、「業務効率化」が主眼であれば、プロビジョニング機能が対応しているアプリケーションの豊富さや、設定の容易さが重視されるでしょう。

導入目的の優先順位をはっきりとさせることで、評価すべき機能の重み付けができ、より的確な製品選定が可能になります

② 連携したいサービスに対応しているか確認する

ID管理システムは、既存の様々なサービスと連携してこそ真価を発揮します。そのため、現在業務で利用している、あるいは将来的に導入を検討しているクラウドサービスや社内システムと、選定候補のIDaaSが連携可能かどうかは、必ず確認しなければならない必須項目です。

多くのIDaaSベンダーは、公式サイト上で「連携アプリケーションカタログ」や「対応アプリ一覧」といった形で、SSOやプロビジョニングに対応しているサービスのリストを公開しています。このリストに、自社で利用中の主要なサービス(例:Microsoft 365, Google Workspace, Salesforce, Slack, Zoomなど)が含まれているかを確認しましょう。

特に、SAMLやOpenID Connectといった標準的な連携プロトコルに対応しているかどうかは重要なポイントです。標準プロトコルに対応していれば、カタログに載っていないアプリケーションでも、設定次第で連携できる可能性があります。また、オンプレミスのActive Directoryと連携させたい場合は、そのための連携エージェントが提供されているかも確認が必要です。

自社のIT環境との親和性を見極めることが、スムーズな導入と運用への第一歩です。

③ 必要な機能が揃っているか確認する

導入目的が明確になったら、その目的を達成するために具体的にどのような機能が必要かを洗い出し、候補となるシステムがその機能を備えているかを比較検討します。

チェックすべき主な機能は以下の通りです。

  • 認証機能: シングルサインオン(SSO)、多要素認証(MFA)、パスワードレス認証、アダプティブ認証など。
  • ID管理機能: プロビジョニング(アカウント自動作成)、デプロビジョニング(アカウント自動削除)、ID情報の同期など。
  • アクセス管理機能: ロールベースのアクセス制御(RBAC)、グループ管理、アプリケーションごとのアクセスポリシー設定など。
  • ログ・レポート機能: 詳細な監査ログの取得、リアルタイム監視、監査用レポートの自動生成など。
  • ディレクトリ機能: クラウド上でユーザー情報を管理するディレクトリ機能、Active Directoryとの連携機能など。

注意点として、多くのIDaaSでは料金プランによって利用できる機能が異なることが挙げられます。安価なプランではSSOとMFAしか利用できず、プロビジョニングは上位プランでなければ使えない、といったケースが一般的です。自社が必要とする機能が、検討しているプランの範囲内でカバーされているかを、料金表と機能一覧を照らし合わせて入念に確認しましょう。

④ セキュリティ対策は万全か確認する

ID管理システムは、企業のすべての認証情報を集約する、きわめて重要なセキュリティ基盤です。そのため、IDaaSサービス自体のセキュリティが堅牢であることは、選定における絶対条件です。

サービス提供者(ベンダー)が、自社のセキュリティ対策についてどのように取り組んでいるかを、以下の観点からチェックしましょう。

  • 第三者認証の取得状況: ISO/IEC 27001(ISMS)SOC 2(Service Organization Control 2)といった、情報セキュリティに関する国際的な第三者認証を取得しているかどうかは、客観的な信頼性の指標となります。
  • データの保護: 保管データや通信経路が適切に暗号化されているか。
  • インフラの堅牢性: データセンターは物理的に安全な場所に設置されているか。システムは冗長化されており、一部に障害が発生してもサービスが継続できる構成になっているか。DDoS攻撃などのサイバー攻撃に対する防御策は講じられているか。
  • 脆弱性管理: 定期的な脆弱性診断やペネトレーションテストを実施し、発見された脆弱性に迅速に対応するプロセスが確立されているか。

これらの情報は、ベンダーの公式サイトにあるセキュリティに関するページや、ホワイトペーパーなどで公開されていることが多いです。信頼できるベンダーは、自社のセキュリティ対策について積極的に情報を開示しています。

⑤ サポート体制は充実しているか確認する

万が一のトラブル発生時や、運用上の疑問点が生じた際に、迅速かつ的確なサポートを受けられるかどうかは、システムの安定運用に直結する重要なポイントです。

特に以下の点を確認しておくと良いでしょう。

  • サポート言語: 日本語でのサポートに対応しているか。技術的な内容を含む問い合わせを、言語の壁なくスムーズに行えるかは非常に重要です。
  • サポート窓口の対応時間: サポートを受けられるのは平日の日中だけなのか、24時間365日対応しているのか。自社のビジネスの稼働時間と照らし合わせて確認します。
  • 問い合わせ方法: 電話、メール、専用ポータルサイトなど、どのような方法で問い合わせができるか。
  • サポートの範囲: 導入時の初期設定支援から、運用開始後の技術的な質問、障害発生時のトラブルシューティングまで、どこまでの範囲をサポートしてくれるのか。
  • ドキュメントの充実度: FAQやオンラインヘルプ、設定マニュアルなどのドキュメントが日本語で豊富に提供されているか。自己解決できる情報が多ければ、サポートに問い合わせる手間を省けます。

無料トライアル期間などを利用して、実際にサポートに問い合わせてみて、その対応品質やスピードを確かめてみるのも有効な方法です。

おすすめのID管理システム(IDaaS)

市場には国内外のベンダーから多様なID管理システム(IDaaS)が提供されています。ここでは、代表的で評価の高いサービスをいくつかピックアップし、それぞれの特徴を客観的に紹介します。自社の目的や環境に最も合うサービスを見つけるための参考にしてください。

サービス名 主な特徴 こんな企業におすすめ 参照元
Okta Identity Cloud ・7,500以上のアプリと連携可能な圧倒的コネクタ数
・高い拡張性と信頼性、豊富なAPI
・ゼロトラストセキュリティを実現する高度な機能群
多数の先進的なクラウドサービスを利用し、グローバルレベルのセキュリティを求める大企業やIT先進企業 Okta, Inc. 公式サイト
Microsoft Entra ID ・Microsoft 365やAzureとのシームレスな連携
・オンプレミスActive Directoryとの高い親和性
・Windows環境における豊富な管理機能
Microsoft 365を業務の中心に据え、Windows環境を主体とする企業 Microsoft 公式サイト
HENNGE One ・国内IDaaS市場で高いシェアを誇る国産サービス
・日本のビジネス慣習に配慮した機能と手厚い日本語サポート
・脱PPAPなど、日本特有の課題に対応
国産サービスならではの安心感と、きめ細やかなサポートを重視する企業 HENNGE株式会社 公式サイト
CloudGate UNO 生体認証(FIDO2)など豊富な認証要素を提供
・セキュリティを最優先した設計思想
・端末制御(MDM)機能も提供可能
パスワードレス認証を推進し、最高レベルの認証セキュリティを求める企業 株式会社インターナショナルシステムリサーチ 公式サイト
GMOトラスト・ログイン ・SSOなど基本機能がユーザー数無制限で利用できる無料プラン
・低コストで始められるシンプルな料金体系
・フォームベース認証にも対応
まずはSSOからスモールスタートしたい中小企業や、コストを最優先に考えたい企業 GMOグローバルサイン株式会社 公式サイト
OneLogin ・直感的で分かりやすい管理インターフェース
・強力なプロビジョニングエンジン(SmartFactor Authentication)
・Oktaと並ぶグローバルリーダーの一つ
ユーザー管理の自動化を強力に推進し、管理者の使いやすさを重視する企業 OneLogin by One Identity 公式サイト

Okta Identity Cloud

Oktaは、ID管理およびアクセス管理の分野におけるグローバルリーダーとして広く認知されています。最大の強みは、7,500を超える圧倒的な数のアプリケーションとの事前連携(コネクタ)を誇る点です。主要なSaaSはもちろん、ニッチな業界特化型サービスまで幅広くカバーしており、多様なアプリケーションを利用する企業のニーズに応えます。拡張性や信頼性も非常に高く、APIも豊富なため、複雑な要件にも柔軟に対応可能です。大企業やグローバル企業での導入実績が豊富で、ゼロトラストセキュリティを実現するための包括的なソリューションを提供しています。(参照:Okta, Inc. 公式サイト)

Azure Active Directory Premium (現 Microsoft Entra ID)

Microsoftが提供するIDaaSで、近年Microsoft Entra IDというブランド名に統合されました。最大の強みは、Microsoft 365(旧Office 365)やAzureといったMicrosoft社のクラウドサービスとのシームレスな連携です。これらのサービスを利用している企業であれば、追加設定の手間なく高度なID管理機能を利用開始できます。また、多くの企業で利用されているオンプレミスのActive Directoryとのハイブリッド連携も容易で、既存のIT資産を活かしながらクラウドへの移行を進めたい企業にとって、非常に有力な選択肢となります。(参照:Microsoft 公式サイト)

HENNGE One

HENNGE株式会社が提供する、日本国内のIDaaS市場で長年にわたり高いシェアを持つ国産サービスです。海外製サービスにはない、日本のビジネス環境や文化に合わせたきめ細やかな機能が特徴です。例えば、メールの添付ファイルを自動的にZIP暗号化する手間を省く「脱PPAP」ソリューションなど、日本企業が抱える特有の課題に対応しています。また、国内拠点による手厚い日本語サポートも大きな魅力であり、導入から運用まで安心して任せられる点を評価する企業が多いです。
(参照:HENNGE株式会社 公式サイト)

CloudGate UNO

株式会社インターナショナルシステムリサーチ(ISR)が開発・提供するIDaaSです。「セキュリティ」を最重要視した設計が特徴で、特に認証機能の強化に力を入れています。パスワードに依存しないFIDO2規格の生体認証にいち早く対応するなど、先進的な認証技術を積極的に採用しています。アクセスを許可する端末を制限する機能など、厳格なセキュリティポリシーを求める企業に適しています。パスワードレスの世界を実現し、より安全で便利なアクセス環境を構築したい企業におすすめです。
(参照:株式会社インターナショナルシステムリサーチ 公式サイト)

GMOトラスト・ログイン

GMOグローバルサイン株式会社が提供するIDaaSで、最大の魅力はそのコストパフォーマンスです。シングルサインオン(SSO)などの基本機能を、ユーザー数無制限で利用できる無料プランを提供しており、ID管理システム導入のハードルを大きく下げています。まずはSSOの効果を試してみたい、コストを抑えて導入したいと考える中小企業やスタートアップにとって、非常に魅力的な選択肢です。有料プランにアップグレードすれば、Active Directory連携やプロビジョニングといった高度な機能も利用できます。
(参照:GMOグローバルサイン株式会社 公式サイト)

OneLogin

Oktaと並び、グローバル市場で高く評価されているIDaaSの一つです。直感的で分かりやすい管理画面(UI)に定評があり、IT専門家でなくても比較的容易に操作できる点が特徴です。また、アダプティブ認証(SmartFactor Authentication)や、強力なプロビジョニングエンジンなど、ID管理を自動化・効率化するための機能が充実しています。特に、人事システムと連携した入退社・異動時のアカウント管理をスムーズに行いたい企業にとって、強力なツールとなります。
(参照:OneLogin by One Identity 公式サイト)

まとめ

本記事では、ID管理の基本的な概念から、企業が直面する課題、ID管理システムの機能やメリット、そして選定のポイントに至るまで、幅広く解説してきました。

現代のビジネス環境において、クラウドサービスの利用拡大や働き方の多様化は不可逆的な流れです。それに伴い、企業が管理すべきIDは増え続け、従来の表計算ソフトやActive Directoryによる手動管理では、もはや限界に達しています。管理者の業務負担増大、退職者アカウントの放置といったセキュリティリスク、従業員の生産性低下、コンプライアンス対応の困難さなど、ID管理の不備は深刻な経営課題に直結します。

これらの課題を解決し、企業を次のステージへと導くのが、IDaaS(Identity as a Service)に代表される最新のID管理システムです。

ID管理システムを導入することで、企業は以下の3つの大きな目的を達成できます。

  1. セキュリティの強化: 多要素認証(MFA)や適切なアクセス権限管理により、不正アクセスや情報漏洩のリスクを抜本的に低減します。
  2. 業務効率の向上: IDライフサイクル管理の自動化(プロビジョニング)とシングルサインオン(SSO)により、管理者と従業員双方の業務を効率化し、生産性を高めます。
  3. 内部統制とコンプライアンスの遵守: アクセスログの一元管理とレポート機能により、監査対応を効率化し、企業の信頼性を向上させます。

もちろん、導入にはコストやシステム障害時のリスクといった注意点も存在します。しかし、それらを上回るメリットがあることは間違いありません。重要なのは、自社の課題や導入目的を明確にし、連携したいサービスや必要な機能を吟味した上で、自社の状況に最も適したID管理システムを慎重に選定することです。

適切なID管理は、もはや単なるIT部門の課題ではなく、全社で取り組むべき経営戦略の一環です。この記事が、貴社のセキュリティと生産性を両立させる、最適なID管理体制構築の一助となれば幸いです。