現代のマーケティング活動は、市場の複雑化、顧客ニーズの多様化、デジタル技術の急速な進展により、ますます高度で戦略的な思考が求められています。勘や経験だけに頼った場当たり的な施策では、継続的な成果を上げることは困難です。そこで重要になるのが、先人たちの知恵と経験の結晶である「マーケティングフレームワーク」です。
本記事では、マーケティング活動の羅針盤となる35のフレームワークを、「環境分析」「戦略・事業計画」「施策立案」「顧客分析」「評価改善」「アイデア発想」という6つの目的別に分類し、それぞれの特徴や使い方、活用する上での注意点を網羅的に解説します。この記事を読めば、自社の課題や目的に応じて最適なフレームワークを選択し、効果的に活用するための知識が身につくでしょう。
目次
マーケティングフレームワークとは
マーケティングフレームワークとは、マーケティング戦略の立案や意思決定、分析、評価といった一連のプロセスを効率的かつ効果的に進めるための「思考の枠組み」や「型(テンプレート)」のことです。複雑で多岐にわたるマーケティング活動において、どこから手をつければ良いのか、何を考慮すべきなのかを整理し、思考を構造化するためのツールとして機能します。
現代の市場は、顧客の価値観の多様化、グローバル化、デジタル技術の進化など、常に変化し続けています。このような不確実性の高い環境下で、闇雲に施策を実行しても、求める成果を得ることは難しいでしょう。マーケティングフレームワークは、こうした複雑な状況をシンプルに捉え、論理的かつ体系的に分析するための「地図」や「羅針盤」の役割を果たします。
例えば、新しい事業を始める際に、自社の置かれている状況を客観的に把握したいとします。このとき、「3C分析」というフレームワークを用いれば、「顧客(Customer)」「競合(Competitor)」「自社(Company)」という3つの視点から、市場環境を漏れなくダブりなく整理できます。これにより、自社の強みや弱み、事業機会や脅威を明確に認識し、戦略の方向性を定めるための土台を築くことができます。
また、マーケティング活動は個人のスキルや経験に依存しがちで、属人化しやすいという課題があります。フレームワークを導入することで、チームメンバー全員が同じ「共通言語」で議論できるようになり、分析の視点や評価の基準が標準化されます。結果として、特定の担当者がいなくても業務の質を維持しやすくなり、組織全体のマーケティング能力の底上げにつながります。
マーケティングフレームワークには、マクロな外部環境を分析するものから、具体的な広告施策を考えるミクロなもの、顧客の購買心理をモデル化したものまで、多種多様なものが存在します。それぞれのフレームワークには得意な領域と限界があるため、重要なのは、直面している課題やマーケティング活動のフェーズに応じて、適切なフレームワークを選択し、組み合わせて活用することです。フレームワークはあくまで思考を補助するツールであり、それ自体が目的ではありません。この点を理解し、柔軟に使いこなすことが、マーケティングを成功に導く鍵となります。
マーケティングフレームワークを活用する3つのメリット
マーケティングフレームワークを導入することは、単に分析が楽になるだけでなく、組織全体に多くの好影響をもたらします。ここでは、フレームワークを活用することで得られる代表的な3つのメリットについて、具体的なシナリオを交えながら詳しく解説します。
① チーム内の共通認識が生まれる
マーケティング活動は、企画、開発、営業、広報、カスタマーサポートなど、多くの部署が連携して進めるプロジェクトです。しかし、それぞれの担当者が異なる視点や基準で物事を捉えていると、認識のズレが生じ、円滑なコミュニケーションが妨げられることがあります。
ここでフレームワークは、チームメンバー全員が同じ視点と考え方を共有するための「共通言語」として機能します。
例えば、新商品のマーケティング戦略を議論する会議を想像してみてください。フレームワークを使わずに議論を進めると、「うちの強みは技術力だ」「いや、価格の安さが重要だ」「若者向けのプロモーションをすべきだ」といったように、個々の意見が発散し、議論がまとまらないケースが頻発します。
しかし、ここで「STP分析」というフレームワークを導入するとどうでしょうか。まず「市場をどのように細分化するか(Segmentation)」、次に「どの市場を狙うか(Targeting)」、そして「その市場でどのような立ち位置を築くか(Positioning)」という共通のステップに沿って議論を進めることができます。これにより、「我々が狙うべき顧客は誰で、その顧客に対してどのような価値を提供すべきか」という戦略の根幹について、チーム内で明確な共通認識を形成できます。
このように、フレームワークという共通の物差しを持つことで、議論の前提が揃い、コミュニケーションロスが大幅に削減されます。結果として、会議の生産性が向上し、より質の高い戦略を生み出す土壌が育まれるのです。部門間の壁を越えたスムーズな連携も可能になり、組織としての一体感が醸成される効果も期待できます。
② 意思決定がスムーズになる
マーケティングにおける意思決定は、限られたリソース(ヒト・モノ・カネ・時間)をどこに重点的に投下するかを決める重要なプロセスです。勘や経験、あるいは声の大きい人の意見に流されて判断を下してしまうと、大きな失敗につながりかねません。
マーケティングフレームワークは、客観的なデータや分析結果に基づいて意思決定を行うための強力な根拠となります。
例えば、複数の事業を展開している企業が、経営資源の再配分を検討しているとします。どの事業に投資を集中し、どの事業から撤退すべきかという判断は、非常に難しい問題です。ここで「PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)」というフレームワークを活用します。このフレームワークは、事業を「市場成長率」と「市場占有率」の2軸で評価し、「花形」「金のなる木」「問題児」「負け犬」の4つの象限に分類します。
ポジション | 市場成長率 | 市場占有率 | 特徴と戦略 |
---|---|---|---|
花形 (Star) | 高い | 高い | 成長市場のリーダー。積極的な投資を継続し、シェアを維持・拡大する。 |
金のなる木 (Cash Cow) | 低い | 高い | 成熟市場のリーダー。生み出すキャッシュを他事業(特に花形や問題児)へ投資する。 |
問題児 (Question Mark) | 高い | 低い | 成長市場だがシェアが低い。市場の将来性を見極め、花形に育てるか、撤退するかを選択する。 |
負け犬 (Dog) | 低い | 低い | 成長が見込めずシェアも低い。事業の縮小や撤退を検討する。 |
このPPM分析を行うことで、各事業の現状と将来性を客観的に可視化できます。「感覚的には好調だと思っていたが、実は市場成長率が鈍化しており『金のなる木』に移行しつつある」「将来性を見込んで投資を続けてきたが、一向にシェアが伸びず『問題児』のままだ」といった気づきが得られます。
こうした客観的な分析結果があれば、なぜその事業に投資し、なぜ別の事業から撤退するのかを、関係者全員が納得できる形で説明できます。これにより、感情的な対立を避け、迅速かつ合理的な意思決定が可能になるのです。
③ 分析の抜け漏れを防げる
複雑な市場環境や顧客ニーズを分析する際、特定の側面にばかり目が行き、重要な要素を見落としてしまうことがあります。このような分析の「抜け漏れ」や「偏り」は、誤った戦略判断を招く大きなリスクとなります。
マーケティングフレームワークは、考慮すべき項目を網羅的にリストアップした「思考のチェックリスト」として機能し、多角的な視点から分析を行う手助けをします。
例えば、自社を取り巻く外部環境を分析する際に、「PEST分析」というフレームワークを用いるとします。これは、マクロ環境を「政治(Politics)」「経済(Economy)」「社会(Society)」「技術(Technology)」という4つの視点から考察するものです。
このフレームワークを使わずに分析すると、どうしても自社の業界に直接関係する経済動向や技術トレンドにばかり目が行きがちです。しかし、PEST分析の型に沿って考えることで、「法改正(政治)が自社ビジネスに与える影響は?」「消費者のライフスタイルの変化(社会)は新たなニーズを生み出さないか?」といった、普段は見過ごしがちな視点にも目を向けることを強制されます。
これにより、自社ではコントロールできない外部環境の変化という「機会」と「脅威」を体系的に洗い出すことができます。例えば、環境規制の強化(政治)をいち早く察知し、エコ製品を開発して新たな市場機会を掴んだり、少子高齢化(社会)による労働力不足を見越して、生産プロセスの自動化(技術)に早期に着手したりといった、先を見越した戦略を立てることが可能になります。
フレームワークが思考のガイドラインとなることで、分析の網羅性が担保され、個人の知識や経験の偏りによる見落としを防ぐことができます。結果として、より精度の高い現状認識に基づいた、効果的なマーケティング戦略を立案できるようになるのです。
マーケティングフレームワークを活用する際の注意点
マーケティングフレームワークは非常に強力なツールですが、使い方を誤るとかえって思考を停止させ、成果に結びつかない結果を招くこともあります。フレームワークのメリットを最大限に引き出すために、以下の3つの注意点を常に意識しておくことが重要です。
フレームワークの利用が目的にならないようにする
最も陥りやすい罠が、「フレームワークを埋めること」自体が目的化してしまうことです。SWOT分析の表をきれいに作成したり、3C分析の各項目を詳細なデータで埋め尽くしたりして、「分析した気」になって満足してしまうケースは少なくありません。
しかし、フレームワークはあくまで課題解決や意思決定のための「手段」であり、それ自体は答えを与えてくれません。重要なのは、分析結果から何が言えるのか(=So What?)、そして次に何をすべきか(=Now What?)を徹底的に考え、具体的なアクションに繋げることです。
例えば、SWOT分析で自社の「強み(Strengths)」と市場の「機会(Opportunities)」を洗い出したとします。ここで終わってしまっては意味がありません。「この強みを活かして、この機会をどう攻略するか?(積極化戦略)」、「この弱み(Weaknesses)を克服し、この機会を掴むにはどうすればよいか?(改善戦略)」といったように、分析結果を掛け合わせて具体的な戦略仮説を導き出す「クロスSWOT分析」にまで踏み込む必要があります。
フレームワークに取り組む前に、「この分析を通じて何を明らかにしたいのか」「最終的にどのような意思決定に繋げたいのか」という目的を明確に設定することが、目的化の罠を避けるための鍵となります。常に「何のためにやっているのか」を自問自答する習慣をつけましょう。
1つのフレームワークに固執しない
世の中には数多くのマーケティングフレームワークが存在しますが、すべての状況に対応できる万能なフレームワークはありません。それぞれのフレームワークには、得意な分析領域と限界があります。
例えば、3C分析は自社、競合、市場の関係性を捉えるのに優れていますが、法律や社会文化といったマクロな外部環境の変化を捉える視点は含まれていません。一方で、PEST分析はマクロ環境の分析に特化していますが、具体的な競合との力関係を分析するには不十分です。
したがって、1つのフレームワークの分析結果だけで結論を出すのは非常に危険です。ある側面から見れば正しい結論でも、別の側面から見ると全く異なる示唆が得られることがあります。
優れたマーケターは、課題や目的に応じて複数のフレームワークを柔軟に組み合わせ、多角的に物事を分析します。例えば、以下のような組み合わせが考えられます。
- PEST分析・5フォース分析でマクロ環境と業界構造を大局的に把握し、
- 3C分析でミクロな競争環境における自社の立ち位置を明確にし、
- SWOT分析でそれらの情報を統合して自社の戦略課題を抽出し、
- STP分析で具体的なターゲットとポジショニングを定め、
- 4P分析で実行レベルの戦術に落とし込む。
このように、複数のフレームワークを連動させることで、分析の解像度が飛躍的に高まり、より精緻で実行可能性の高い戦略を立案できます。1つの視点に固執せず、状況に応じて分析の「レンズ」を使い分ける柔軟な思考が求められます。
定期的に情報を見直す
一度フレームワークを使って分析し、戦略を立てたら終わり、ではありません。市場環境、競合の動向、顧客のニーズは、刻一刻と変化し続けています。半年前の分析結果が、今日では全く役に立たないということも珍しくありません。
特に、3C分析における「競合」や「市場・顧客」、PEST分析の各項目、SWOT分析における「機会」や「脅威」など、外部環境に関する情報は鮮度が命です。これらの情報が古いままでは、現実と乖離した戦略を立ててしまうことになります。
例えば、あるECサイトが半年前の3C分析に基づき、「競合A社は送料無料が強みだが、品揃えは自社が勝っている」と判断していたとします。しかし、その間に競合A社が大規模な資金調達を行い、品揃えを大幅に強化していたとしたら、前提が崩れてしまいます。
これを防ぐためには、分析に用いた情報を定期的にアップデートし、フレームワークを見直す仕組みを構築することが不可欠です。例えば、四半期に一度、あるいは半期に一度、主要なフレームワーク(3C分析、PEST分析、SWOT分析など)のレビュー会議を実施することをルール化するのがおすすめです。
このプロセスを通じて、環境変化をいち早く察知し、戦略の軌道修正を迅速に行うことができます。フレームワークは静的な文書ではなく、常に最新の情報が反映された「生きたドキュメント」として活用することが、持続的な競争優位性を維持するための鍵となるのです。
環境分析で役立つマーケティングフレームワーク7選
マーケティング戦略を立案する上で、最初に取り組むべきは自社を取り巻く環境を正確に把握することです。環境分析は、自社ではコントロールが難しい「外部環境」と、自社の努力で変えられる「内部環境」の2つに大別されます。ここでは、これらの環境を多角的に分析するための代表的なフレームワークを7つ紹介します。
① 3C分析
3C分析は、マーケティング環境分析の基本中の基本とも言えるフレームワークです。「顧客(Customer)」「競合(Competitor)」「自社(Company)」という3つの「C」の視点から、事業成功の鍵となる要因(KSF:Key Success Factor)を見つけ出すことを目的とします。
- 顧客(Customer): 市場規模や成長性、顧客のニーズ、購買決定プロセスなどを分析します。「顧客は誰で、何を求めているのか?」を深く理解することが出発点です。
- 競合(Competitor): 競合他社の数、市場シェア、各社の強み・弱み、戦略などを分析します。「競合はどのように顧客のニーズを満たしているのか?」を把握します。
- 自社(Company): 自社の経営資源、技術力、ブランドイメージ、強み・弱みなどを客観的に評価します。
3C分析のポイントは、これら3つの要素を個別に見るだけでなく、相互の関係性を捉えることです。顧客のニーズがあり、かつ競合が提供できていない領域に、自社の強みを活かして参入することで、事業成功の可能性は高まります。シンプルながらも強力なため、新規事業の検討から既存事業の見直しまで、幅広い場面で活用できます。
② PEST分析
PEST分析は、自社ではコントロール不可能なマクロ環境(外部環境)が、自社にどのような影響を与えるかを予測・分析するためのフレームワークです。「政治(Politics)」「経済(Economy)」「社会(Society)」「技術(Technology)」の4つの頭文字を取っています。
- 政治(Politics): 法律・規制の改正、税制の変更、政権交代、外交問題など。
- 経済(Economy): 景気動向、金利、為替レート、物価、経済成長率など。
- 社会(Society): 人口動態、ライフスタイルの変化、教育水準、価値観の多様化など。
- 技術(Technology): 新技術の登場、特許、ITインフラの進化、イノベーションなど。
これらの変化は、直接的・間接的に自社の事業に影響を及ぼし、「機会」にも「脅威」にもなり得ます。例えば、健康志向の高まり(社会)は健康食品メーカーにとっては機会ですが、嗜好品メーカーにとっては脅威かもしれません。PEST分析は、中長期的な視点で世の中の大きな潮流を捉え、将来のリスクに備えたり、新たな事業機会を発見したりするのに役立ちます。
③ 5フォース分析
5フォース分析は、経営学者のマイケル・ポーターが提唱した、業界の収益性を決める5つの競争要因(脅威)を分析するためのフレームワークです。「フォース(Force)」は「脅威」を意味し、これらの脅威が強いほど、その業界の収益性は低くなると考えます。
- 新規参入の脅威: 新規参入しやすい業界か。参入障壁(初期投資、ブランド、規制など)が低いほど脅威は高い。
- 代替品の脅威: 自社製品・サービスの代わりになるものが存在するか。代替品が多いほど脅威は高い。
- 買い手の交渉力: 顧客(買い手)の力が強いか。買い手が大口であったり、情報を持っていたりすると交渉力は高まる。
- 売り手の交渉力: サプライヤー(売り手)の力が強いか。供給元が寡占状態であったり、製品が特殊であったりすると交渉力は高まる。
- 既存競合者同士の敵対関係: 業界内の競争が激しいか。競合が多かったり、製品の差別化が難しかったりすると競争は激化する。
この分析により、自社が属する業界の魅力度(儲かりやすさ)を客観的に評価できます。また、5つの脅威のうち、どこが自社の収益を圧迫しているのかを特定し、その脅威をいかに軽減するかという戦略を立てる上で非常に有効です。
④ SWOT分析
SWOT分析は、内部環境と外部環境を整理し、戦略立案の方向性を導き出すための代表的なフレームワークです。内部環境である「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」と、外部環境である「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」の4つの要素をマトリクスに整理します。
外部環境 | ||
---|---|---|
機会 (Opportunities) | 脅威 (Threats) | |
内部環境 | 強み (Strengths) | 積極化戦略 (SO) 強みを活かして機会を掴む |
弱み (Weaknesses) | 改善戦略 (WO) 弱みを克服して機会を掴む |
SWOT分析の真価は、各要素を洗い出すことだけでなく、それらを掛け合わせる「クロスSWOT分析」によって具体的な戦略オプションを導き出す点にあります。例えば、「自社の高い技術力(強み)」を「市場の環境意識の高まり(機会)」に掛け合わせ、「エコ製品を開発する(積極化戦略)」といったアイデアを生み出します。3C分析やPEST分析の結果をSWOTの各項目に落とし込むことで、より精度の高い分析が可能です。
⑤ VRIO分析
VRIO(ヴリオ)分析は、自社の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報・技術など)が競争優位性の源泉となりうるかを評価するためのフレームワークです。「経済的価値(Value)」「希少性(Rarity)」「模倣困難性(Imitability)」「組織(Organization)」の4つの問いに順番に答えていきます。
- 経済的価値 (Value): その経営資源は、機会を活かしたり脅威を弱めたりするのに役立つか?
- 希少性 (Rarity): その経営資源を保有している競合は少ないか?
- 模倣困難性 (Imitability): その経営資源を競合が模倣するのは難しいか?(コストが高い、特許があるなど)
- 組織 (Organization): その経営資源を最大限に活用するための組織体制やプロセスが整っているか?
全ての問いに「Yes」と答えられる経営資源こそが、持続的な競争優位性をもたらす「真の強み」であると判断できます。SWOT分析で洗い出した「強み」が、本当に競合に対する優位性を持っているのかを、より深く検証するために有効なフレームワークです。
⑥ バリューチェーン分析
バリューチェーン(価値連鎖)分析は、事業活動を機能ごとに一連の流れとして捉え、どの部分で付加価値が生み出されているのかを分析するフレームワークです。活動は、製品が顧客に届くまでの直接的な流れである「主活動」と、それを支援する「支援活動」に分類されます。
- 主活動: 購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスなど。
- 支援活動: 全般管理(人事・経理など)、人事労務管理、技術開発、調達活動など。
各活動にかかるコストと、それが生み出す価値を分析することで、自社の強み・弱みが事業プロセスのどこにあるのかを特定できます。例えば、「製造コストは他社より高いが、アフターサービスの品質で高い顧客満足度(付加価値)を生み出している」といった発見があります。コスト削減や差別化のポイントを見つけ出し、事業プロセス全体の最適化を図るために役立ちます。
⑦ コアコンピタンス分析
コアコンピタンス分析は、競合他社には真似のできない、自社ならではの中核的な強みを見極めるための考え方です。単なる「強み」とは異なり、以下の3つの要件を満たすものとされています。
- 顧客に価値をもたらす能力: 顧客にとって魅力的で、満足度を高めることに貢献する。
- 競合他社に模倣されにくい能力: 独自の技術、ノウハウ、企業文化など、簡単には真似できない。
- 複数の製品・市場に応用できる能力: 1つの製品やサービスだけでなく、将来の事業展開にも繋がる汎用性を持つ。
例えば、あるメーカーの「精密加工技術」がコアコンピタンスであれば、それはスマートフォン部品だけでなく、医療機器や航空機部品など、様々な市場へ展開できる可能性を秘めています。自社の事業ドメインを定義し、将来の成長戦略を考える上で、土台となる重要な概念です。VRIO分析と組み合わせて行うことで、より深く自社の核となる強みを特定できます。
戦略・事業計画で役立つマーケティングフレームワーク6選
環境分析で自社の立ち位置を把握したら、次はその情報をもとに「どこで(市場)」「誰に(顧客)」「何を(価値)」「どのように(方法)」戦うかという具体的な戦略を立てるフェーズに移ります。ここでは、事業全体の方向性や成長戦略を決定する際に役立つ6つのフレームワークを紹介します。
① STP分析
STP分析は、マーケティング戦略の根幹をなす非常に重要なフレームワークです。「セグメンテーション(Segmentation)」「ターゲティング(Targeting)」「ポジショニング(Positioning)」という3つのステップで構成されます。
- セグメンテーション(市場細分化): 市場全体を、同じようなニーズや性質を持つ顧客グループ(セグメント)に分割します。分割の切り口には、地理的変数(国、地域)、人口動態変数(年齢、性別、所得)、心理的変数(ライフスタイル、価値観)、行動変数(使用頻度、求めるベネフィット)などがあります。
- ターゲティング(市場の選定): 細分化したセグメントの中から、自社の強みを最も活かせる、最も魅力的な市場(ターゲット市場)を選び出します。市場規模、成長性、競合状況、自社との適合性などを評価して決定します。
- ポジショニング(立ち位置の明確化): ターゲット市場の顧客の心の中に、競合製品とは異なる、独自の価値あるイメージを築き上げることです。「価格で選ぶならA社、品質で選ぶならB社、デザインで選ぶなら自社」というように、自社の明確な立ち位置を確立します。
STP分析を行うことで、「万人受け」を狙うのではなく、特定の顧客層に深く刺さる製品・サービスを提供するための戦略的な基盤を構築できます。限られた経営資源を最も効果的な場所に集中投下するための、必須のプロセスと言えるでしょう。
② アンゾフの成長マトリクス
アンゾフの成長マトリクスは、企業が成長するための戦略を「製品」と「市場」の2軸で考え、4つの方向性を示すフレームワークです。自社の今後の成長戦略を検討する際に、どのような選択肢があるのかを整理するのに役立ちます。
既存市場 | 新規市場 | |
---|---|---|
既存製品 | 市場浸透戦略 既存顧客への販売強化、シェア拡大 |
新市場開拓戦略 新たな地域や顧客層へ展開 |
新製品 | 新製品開発戦略 既存市場に新製品や改良品を投入 |
多角化戦略 新たな製品で新たな市場に参入 |
- 市場浸透戦略: 最もリスクが低い戦略。リピート購入の促進、競合顧客の獲得などを目指します。
- 新市場開拓戦略: 既存製品を、海外市場やこれまでアプローチしてこなかった年齢層などに販売します。
- 新製品開発戦略: 既存顧客の新たなニーズに応える新製品を投入します。
- 多角化戦略: 最もリスクが高いが、成功すれば大きな成長が見込める戦略。既存事業との関連性によって、水平型、垂直型、集中型、集成型などに分類されます。
自社の現状やリスク許容度に応じて、どの成長戦略を選択すべきかを検討するための出発点となります。
③ PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)
PPMは、複数の事業や製品を抱える企業が、経営資源を最適に配分するために用いる分析フレームワークです。各事業を「市場成長率」と「市場占有率(マーケットシェア)」の2軸で評価し、4つの象限にプロットします。
- 花形 (Star): 成長率もシェアも高い。将来の「金のなる木」候補であり、積極的な投資が必要です。
- 金のなる木 (Cash Cow): 成長率は低いがシェアは高い。安定したキャッシュを生み出す源泉。ここで得た利益を他事業に投資します。
- 問題児 (Question Mark): 成長率は高いがシェアは低い。将来「花形」になる可能性もあれば、「負け犬」になる可能性もある。追加投資でシェアを高めるか、撤退するかの見極めが重要です。
- 負け犬 (Dog): 成長率もシェアも低い。収益性が低く、事業の縮小や撤退を検討すべき対象です。
PPM分析により、全社的な視点から各事業の役割と位置づけを明確にし、限られたリソースをどこに集中させ、どこから引き上げるべきかという戦略的な意思決定を客観的に下すことができます。
④ プロダクトライフサイクル
プロダクトライフサイクルは、製品が市場に投入されてから姿を消すまでの一連の過程を、売上と利益の推移で示したモデルです。通常、「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」の4つの段階に分けられます。
- 導入期: 売上は低く、利益は赤字。製品の認知度向上と試用促進が課題。
- 成長期: 売上が急増し、利益も黒字化。市場シェアの拡大が最重要課題。競合も参入し始める。
- 成熟期: 売上の伸びが鈍化し、ピークに達する。市場シェアの維持と利益の最大化が目標。価格競争が激化しやすい。
- 衰退期: 売上も利益も減少。代替品の登場などが原因。事業の撤退や、ニッチ市場での延命などを検討する。
このモデルの重要な点は、ライフサイクルの各段階で、取るべきマーケティング戦略(価格、プロモーション、チャネルなど)が異なることを示唆している点です。自社製品が現在どの段階にあるのかを認識することで、適切な次の一手を打つことができます。
⑤ イノベーター理論
イノベーター理論は、新しい製品やサービスが市場に普及していく過程を、採用者のタイプ別に5つに分類した理論です。米国の社会学者エベレット・ロジャースによって提唱されました。
- イノベーター(革新者): 新しいものを最も早く採用する層。情報感度が高く、リスクを恐れない。市場全体の約2.5%。
- アーリーアダプター(初期採用者): 流行に敏感で、オピニオンリーダー的な存在。彼らの評価がその後の普及を大きく左右する。約13.5%。
- アーリーマジョリティ(前期追随者): アーリーアダプターの動向を見てから採用を検討する慎重な層。市場の過半数を占める「橋渡し」役。約34%。
- レイトマジョリティ(後期追随者): 周囲の大多数が採用してから採用する懐疑的な層。約34%。
- ラガード(遅滞者): 最も保守的で、最後まで採用しないこともある層。約16%。
この理論によれば、アーリーアダプター(16%)に普及するかどうかが、市場全体に普及するための大きな壁(キャズム)とされています。新製品を市場に浸透させるためには、まずイノベーターとアーリーアダプターに響くようなマーケティング戦略を展開することが極めて重要です。
⑥ ブルーオーシャン戦略
ブルーオーシャン戦略は、血みどろの競争が繰り広げられる既存市場(レッドオーシャン)で戦うのではなく、競争のない未開拓の市場(ブルーオーシャン)を創造することで、高収益と高成長を目指す戦略です。
この戦略の核となるのが「バリューイノベーション」という考え方です。これは、「コスト削減」と「顧客への付加価値向上」を同時に実現することを目指します。そのための具体的な分析ツールが「戦略キャンバス」や「ERRC(エレック)グリッド」です。
- ERRCグリッド
- Eliminate(取り除く): 業界の常識だが、顧客にとって価値のない要素は何か?
- Reduce(減らす): 業界標準以下にまで大胆に減らすべき要素は何か?
- Raise(増やす): 業界標準を大きく超えて増やすべき要素は何か?
- Create(創造する): 業界でこれまで提供されてこなかった、全く新しい価値は何か?
これらの問いを通じて、既存の競争ルールから脱却し、新たな価値曲線を描くことを目指します。競合との消耗戦から抜け出し、全く新しい市場を自ら創り出したいと考える場合に非常に有効なフレームワークです。
施策立案(マーケティングミックス)で役立つフレームワーク4選
戦略の方向性が定まったら、それを実行するための具体的な施策、すなわち「マーケティングミックス」を検討します。マーケティングミックスとは、戦略を実現するために、企業がコントロール可能な様々なマーケティング要素を効果的に組み合わせることです。ここでは、その代表的なフレームワークを4つ紹介します。
① 4P分析
4P分析は、マーケティングミックスを考える上で最も古典的で有名なフレームワークです。売り手(企業)側の視点から、実行すべき施策を「製品(Product)」「価格(Price)」「流通(Place)」「販促(Promotion)」の4つの要素に分類して検討します。
- Product(製品): どのような製品・サービスを提供するか。品質、デザイン、ブランド、パッケージ、保証などを検討します。
- Price(価格): いくらで提供するか。価格設定、割引、支払条件などを検討します。
- Place(流通・チャネル): どこで提供するか。店舗、ECサイト、卸売業者、販売エリアなどを検討します。
- Promotion(販促・プロモーション): どのようにして製品の存在や価値を伝えるか。広告、広報(PR)、販売促進、人的販売などを検討します。
これらの4つの「P」は、互いに密接に関連しており、整合性が取れていることが非常に重要です。例えば、「高品質・高価格な高級製品(Product, Price)」を、「ディスカウントストアで販売(Place)」したり、「安売りを強調するチラシで宣伝(Promotion)」したりすると、ブランドイメージが毀損し、戦略全体が破綻してしまいます。STP分析で定めたターゲットとポジショニングに合致するよう、一貫性のある組み合わせを考える必要があります。
② 4C分析
4C分析は、4P分析を買い手(顧客)側の視点から捉え直したフレームワークです。顧客中心主義の考え方が主流になるにつれて、重要視されるようになりました。「顧客価値(Customer Value)」「顧客コスト(Cost)」「利便性(Convenience)」「コミュニケーション(Communication)」の4つの要素で構成されます。
売り手視点 (4P) | 買い手視点 (4C) | 内容 |
---|---|---|
Product (製品) | Customer Value (顧客価値) | 顧客がその製品から得られる価値やベネフィットは何か |
Price (価格) | Cost (顧客コスト) | 顧客が製品を得るために支払う金銭的・時間的・心理的コストは何か |
Place (流通) | Convenience (利便性) | 顧客にとって、どれだけ簡単に入手・利用できるか |
Promotion (販促) | Communication (コミュニケーション) | 企業と顧客の双方向の対話。顧客の声を聞き、関係を築く |
4P分析と4C分析は対立するものではなく、両方の視点からマーケティングミックスを検討することで、企業本位の独りよがりな施策に陥るのを防ぐことができます。例えば、「企業は高機能(Product)をアピールしているが、顧客はシンプルな使いやすさ(Customer Value)を求めている」といったギャップに気づくことができます。常に顧客の視点に立ち返り、自分たちの施策が本当に顧客のためになっているかを検証するために不可欠なフレームワークです。
③ 7P分析
7P分析は、従来の4Pに3つの要素を追加し、特にサービス業のマーケティングミックスを考えるために拡張されたフレームワークです。形のない「サービス」は、製品と異なり、提供プロセスや人が品質に大きく影響するため、これらの要素が追加されました。
- 従来の4P: Product, Price, Place, Promotion
- 追加された3P:
- People(人・要員): サービスを提供する従業員、さらには他の顧客も含まれます。従業員のスキル、接客態度、モチベーションなどがサービスの品質を左右します。
- Process(プロセス): サービスが提供されるまでの一連の業務プロセスや手順。予約からサービス提供、アフターフォローまでの流れがスムーズで快適かどうかが重要です。
- Physical Evidence(物的証拠): サービス品質を顧客が判断するための、目に見える証拠。店舗の雰囲気、内装、ユニフォーム、Webサイトのデザイン、パンフレットなどが含まれます。
レストラン、ホテル、コンサルティング、教育など、人的な要素が大きく関わるサービス業においては、この7Pの視点で施策を検討することが極めて重要です。例えば、料理の味(Product)が良くても、店員の態度(People)が悪かったり、予約システム(Process)が使いにくかったりすると、顧客満足度は大きく低下してしまいます。
④ 7C分析
7C分析は、4Cをさらに発展させ、特にWebマーケティングやデジタル時代における顧客との関係性構築を重視したフレームワークです。「コンパスモデル」とも呼ばれます。
- 従来の4C: Customer Value, Cost, Convenience, Communication
- 追加された3C:
- Corporation / Company(企業): 企業の理念やコンプライアンス、収益性など、企業そのものが顧客からの評価対象となるという視点。
- Context(文脈・背景): 顧客を取り巻く社会情勢、トレンド、ライフスタイルなどの文脈。これらを理解した上でコミュニケーションを取ることが重要です。
- Collaboration(協業): 企業と顧客、あるいは顧客同士の協業や共創。SNSでのUGC(ユーザー生成コンテンツ)の活用などが典型例です。
WebやSNSの普及により、企業と顧客の関係は一方的なものから双方向、さらには多方向へと変化しました。7C分析は、このような現代の複雑なコミュニケーション環境において、いかにして顧客との良好な関係を築き、維持していくかを考えるための羅針盤となります。
顧客分析・購買行動モデルに関するフレームワーク8選
効果的なマーケティング施策を打つためには、顧客が製品やサービスを認知し、興味を持ち、最終的に購入に至るまでの心理や行動のプロセスを深く理解することが不可欠です。ここでは、その顧客の購買行動をモデル化した代表的なフレームワークを8つ紹介します。
① AIDMA(アイドマ)
AIDMAは、1920年代に提唱された、伝統的かつ基本的な購買行動モデルです。マスメディア広告が主流だった時代の消費者の心理プロセスを示しています。
- Attention(注意): テレビCMや新聞広告などで製品の存在を知る。
- Interest(関心): 「なんだろう?」と興味を持つ。
- Desire(欲求): 「いいな、欲しいな」と感じる。
- Memory(記憶): その欲求を記憶にとどめる。
- Action(行動): 店舗に足を運び、購入する。
このモデルのポイントは「Memory(記憶)」です。当時は今のようにすぐに情報を検索できなかったため、広告で見た商品を覚えておき、後日店舗で購入するという行動が一般的でした。古典的なモデルですが、購買心理の基本として今なお重要な示唆を与えてくれます。
② AIDA(アイダ)
AIDAは、AIDMAから「Memory(記憶)」を除いた、よりシンプルなモデルです。特に、衝動買いやその場での即時的な購買決定が起こりやすいセールスやWebサイトのランディングページなどで参照されることが多いです。
- Attention(注意): 広告や店頭で目を引く。
- Interest(関心): 製品の詳細に興味を持つ。
- Desire(欲求): 強く欲しいと感じる。
- Action(行動): その場で購入する。
Web広告をクリックした先のページで、いかに訪問者の注意を引き、関心と欲求を高め、即座に行動(購入、問い合わせなど)に繋げるか、といったシナリオを考える際に役立ちます。
③ AISAS(アイサス)
AISASは、インターネットが普及した現代の購買行動を反映したモデルとして、2005年に株式会社電通によって提唱されました。AIDMAとの最大の違いは、消費者が自ら情報を「検索(Search)」し、購入後にはその経験を「共有(Share)」する点です。
- Attention(注意): Web広告やSNSで製品を知る。
- Interest(関心): 興味を持つ。
- Search(検索): 検索エンジンやSNSで製品名や口コミを調べる。
- Action(行動): ECサイトや店舗で購入する。
- Share(共有): SNSやレビューサイトで感想を共有する。
このモデルでは、企業からの情報発信だけでなく、検索結果やユーザーによる共有(UGC)が購買決定に大きな影響を与えます。したがって、SEO対策やSNSでの口コミ誘発施策などが極めて重要になります。
④ SIPS(シップス)
SIPSは、特にSNSの普及を背景とした購買行動モデルで、2011年に提唱されました。AISASよりも「共感」を起点としている点が特徴です。
- Sympathize(共感): 友人やインフルエンサーの投稿などを見て「いいね!」と共感する。
- Identify(確認): それがどのような製品・サービスなのかを詳しく調べる。
- Participate(参加): 購入したり、イベントに参加したりして、自らもその話題に参加する。
- Share & Spread(共有・拡散): 自身の体験をSNSなどで共有し、それがさらに他の人の「共感」を生む。
SIPSモデルでは、消費者は単なる購入者ではなく、情報の「参加者」であり「拡散者」です。企業は、いかにしてユーザーの共感を呼び、参加と共有の輪を広げていけるか、という視点が求められます。
⑤ ULSSAS(ウルサス)
ULSSASは、SIPSをさらに発展させ、現代のSNS(特にInstagramやX(旧Twitter))上でのユーザー行動をより詳細に記述したモデルです。
- UGC(ユーザー投稿): ユーザーによる投稿(口コミ)を見る。
- Like(いいね): その投稿に「いいね!」をする。
- Search 1(SNS検索): ハッシュタグなどでSNS内を検索する。
- Search 2(Google/Yahoo!検索): 指名検索などでより詳しい情報を検索する。
- Action(行動): 購入する。
- Spread(拡散): 自らもSNSに投稿(UGCを生成)する。
このモデルは、UGCが起点となり、それが新たなUGCを生み出すという循環構造を示しています。企業は、ユーザーが思わず投稿したくなるような「映える」商品や体験を提供し、ハッシュタグを整備するなど、UGCが生まれやすい環境を作ることが重要です。
⑥ DECAX(デキャックス)
DECAXは、コンテンツマーケティングにおける顧客との関係構築プロセスを示したモデルです。
- Discovery(発見): 潜在顧客が、自身の課題解決に役立つコンテンツ(ブログ記事など)を発見する。
- Engage(関係構築): メルマガ登録やSNSフォローなどを通じて、企業と継続的な関係を築く。
- Check(確認・検討): 関係を深める中で、その企業や製品が信頼できるかを吟味する。
- Action(行動): 信頼が醸成され、購入や契約に至る。
- eXperience(体験と共有): 購入後の良い体験を、口コミなどで共有する。
DECAXは、すぐに購入するわけではない潜在顧客に対し、いかにして有益なコンテンツを提供し続け、信頼関係を築き、最終的に顧客になってもらうかという、中長期的な視点でのアプローチを考える上で役立ちます。
⑦ マーケティングファネル
マーケティングファネルは、顧客が製品を認知してから購入、さらにはリピーターになるまでの一連のプロセスを、漏斗(ファネル)の形で可視化したものです。上流から下流に進むにつれて、対象となる顧客の数が減っていく様子を表します。
一般的には「認知」→「興味・関心」→「比較・検討」→「購入」といったステージに分けられます。各ステージの顧客数や、次のステージへの移行率を計測することで、マーケティング活動のどこにボトルネックがあるのかを特定できます。例えば、「認知」から「興味・関心」への移行率が極端に低い場合、広告メッセージがターゲットに響いていない可能性が考えられます。ファネルの各段階に応じた施策を打つことで、全体のコンバージョンを効率的に改善できます。
⑧ RFM分析
RFM分析は、既存顧客を優良顧客、休眠顧客などに分類し、顧客一人ひとりに合わせたアプローチを行うために用いられる顧客分析手法です。「最終購入日(Recency)」「購入頻度(Frequency)」「購入金額(Monetary)」の3つの指標で顧客をランク付けします。
- Recency(最新性): 最近いつ購入したか。(最近の顧客ほど優良)
- Frequency(頻度): これまで何回購入したか。(頻度が高いほど優良)
- Monetary(金額): これまでの累計購入金額はいくらか。(金額が高いほど優良)
例えば、「R・F・Mすべてが高い顧客」は最優良顧客であり、特別なオファーを提供して関係を維持すべきです。一方、「Rが低く(しばらく購入がない)、F・Mは高い顧客」は離反の可能性がある優良顧客であり、再購入を促す働きかけが必要です。RFM分析により、画一的なアプローチではなく、顧客の状態に合わせたきめ細やかなOne to Oneマーケティングが可能になります。
事業・施策の評価改善で役立つフレームワーク4選
マーケティング活動は「実行して終わり」ではありません。行った施策が計画通りに進んでいるか、目標達成に貢献しているかを定期的に評価し、改善を繰り返していくプロセスが不可欠です。ここでは、事業や施策の評価・改善に役立つ4つのフレームワークを紹介します。
① AARRRモデル(アー)
AARRR(アー)モデルは、特にSaaSビジネスやアプリなどのWebサービスにおいて、ユーザーの行動を時系列で追い、事業の成長度合いを測るためのフレームワークです。「海賊指標(Pirate Metrics)」とも呼ばれます。
- Acquisition(獲得): ユーザーをいかにして獲得するか。
- Activation(活性化): ユーザーに製品の価値を体験させ、アクティブになってもらうか。
- Retention(継続): ユーザーに継続して利用してもらうか。
- Referral(紹介): ユーザーが友人や知人に紹介してくれるか。
- Revenue(収益): ユーザーからいかにして収益を上げるか。
この5つのステップそれぞれの数値を計測し、可視化することで、サービスが成長サイクルのどの段階で問題を抱えているのか(ボトルネック)を明確にできます。例えば、多くのユーザーを獲得(Acquisition)できても、すぐに離脱(Retention率が低い)してしまうのであれば、製品のオンボーディング(Activation)に問題があるのかもしれません。グロースハックの文脈で頻繁に用いられる重要な指標です。
② PDCAサイクル
PDCAサイクルは、業務改善における基本的な考え方を示したフレームワークです。マーケティング施策の改善はもちろん、あらゆるビジネスシーンで応用できます。
- Plan(計画): 目標を設定し、それを達成するための仮説に基づいた実行計画を立てる。
- Do(実行): 計画に沿って施策を実行する。
- Check(評価): 実行した結果が、計画通りだったか、目標を達成できたかを客観的なデータで評価・分析する。
- Action(改善): 評価結果を踏まえ、計画のどこに問題があったのかを特定し、改善策を立案する。そして次のPlanに繋げる。
このサイクルを継続的に回し続けることで、施策の精度を螺旋状に高めていくことができます。重要なのは、「やりっぱなし」にせず、必ず「Check(評価)」と「Action(改善)」を行うことです。PDCAを高速で回すことが、変化の速い市場で成果を出し続けるための鍵となります。
③ KGI・KPI
KGIとKPIは、目標達成の進捗を管理し、組織全体の方向性を統一するための指標設定フレームワークです。
- KGI(Key Goal Indicator / 重要目標達成指標): プロジェクトや事業全体の最終的な目標を定量的に示した指標。「売上高10億円」「市場シェア20%」など、最終ゴールそのものです。
- KPI(Key Performance Indicator / 重要業績評価指標): KGIを達成するための中間的な目標を、より具体的な行動レベルで示した指標。KGI達成のプロセスを分解し、各要素を数値化したものです。
例えば、KGIが「Webサイト経由の売上月1000万円」だとします。このKGIを達成するためのプロセスを分解すると、「訪問者数」「コンバージョン率」「顧客単価」といった要素に分けられます。これらがKPIとなります。
KPIを設定することで、日々の活動が最終目標(KGI)にどう貢献しているのかが明確になります。KPIの進捗を定期的にモニタリングし、目標に達していない場合はその原因を分析して対策を打つことで、KGI達成の確度を高めることができます。
④ LTV(顧客生涯価値)
LTV(Life Time Value / 顧客生涯価値)は、一人の顧客が、取引を開始してから終了するまでの間に、自社にどれだけの利益をもたらしてくれるかを示した指標です。
LTV = 平均顧客単価 × 収益率 × 平均購買頻度 × 平均継続期間
新規顧客の獲得コスト(CAC:Customer Acquisition Cost)が高騰する中で、既存顧客との関係を維持し、LTVを最大化することの重要性が増しています。LTVを指標として追うことで、マーケティングの視点が短期的な売上(一回ごとの取引)から、長期的な顧客との関係性構築へとシフトします。
例えば、LTVが高い顧客層を特定し、その層に向けたロイヤルティプログラムを実施したり、LTVを低下させる要因(解約理由など)を分析してカスタマーサポートを改善したりといった施策に繋がります。サブスクリプションモデルのビジネスでは特に重要な指標です。
アイデア発想・思考整理で役立つフレームワーク6選
マーケティング活動では、分析だけでなく、新しい企画や課題解決策を生み出す「発想力」や、複雑な情報を分かりやすく整理する「論理的思考力」も求められます。ここでは、そうした思考プロセスを助けるフレームワークを6つ紹介します。
① MECE(ミーシー)
MECE(ミーシーまたはメーシー)は、「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の略で、「モレなく、ダブりなく」という意味の思考法です。物事を構造的に捉え、全体像を正確に把握するための基本原則となります。
例えば、「顧客層」を分析する際に、「男性」「女性」と分けるのはMECEです。しかし、「20代」「学生」と分けるのはMECEではありません。なぜなら「20代の学生」というダブりが存在し、「30代以上の社会人」といったモレがあるからです。
市場をセグメンテーションする際や、問題の原因を洗い出す際など、あらゆる分析や思考の土台としてMECEを意識することで、論理の飛躍や見落としを防ぎ、説得力のある分析や提案が可能になります。
② ロジックツリー
ロジックツリーは、あるテーマ(課題や目標)を、MECEの考え方に基づいて木の枝のように分解し、構造化していく思考ツールです。主に3つの種類があります。
- Whatツリー(要素分解ツリー): 全体を構成する要素に分解していく。「売上」を「客数」×「客単価」に分解するような使い方。
- Whyツリー(原因追求ツリー): ある問題に対して「なぜ?」を繰り返し、根本的な原因を特定していく。
- Howツリー(課題解決ツリー): ある目標に対して「どうやって?」を繰り返し、具体的な解決策(アクションプラン)に落とし込んでいく。
ロジックツリーを使うことで、複雑な問題も小さな要素に分解され、どこから手をつけるべきかが明確になります。チームで課題を共有し、解決策を検討する際の共通の地図としても非常に有効です。
③ マンダラート
マンダラートは、仏教の曼荼羅模様にヒントを得た、アイデアを強制的に発想・整理するためのフレームワークです。3×3の9つのマスを使います。
- 中央のマスに中心となるテーマ(目標や課題)を書き込む。
- 周囲の8マスに、そのテーマから連想されるアイデアや要素を書き出す。
- 次に、周囲の8マスに書いた内容を、それぞれ別の9マスの中心に据える。
- 同様に、そのテーマから連想されるアイデアを周囲の8マスに書き込んでいく。
このプロセスを繰り返すことで、1つのテーマから「8×8=64個」の具体的なアイデアを強制的に広げることができます。思考が煮詰まった時や、ブレインストーミングのネタ出しなどで活用すると、自分でも思いもよらなかった視点やアイデアが生まれることがあります。
④ SCAMPER(オズボーンのチェックリスト)
SCAMPER(スキャンパー)は、既存のアイデアや製品に対して、7つの質問を投げかけることで、新たなアイデアを強制的に発想する手法です。
- Substitute?(代用できないか?): 材料、人、場所などを別のものに置き換えられないか。
- Combine?(組み合わせられないか?): 他の機能、アイデア、製品と組み合わせられないか。
- Adapt?(応用できないか?): 他の分野のアイデアや仕組みを応用できないか。
- Modify?(修正できないか?): 大きさ、色、形、意味などを変えられないか。
- Put to another use?(他の使い道はないか?): 本来の用途以外に使い道はないか。
- Eliminate?(削減できないか?): 何かを取り除いたり、シンプルにしたりできないか。
- Reverse? / Rearrange?(逆転・再編成できないか?): 順序や役割を逆にしたり、再編成したりできないか。
これらの質問に沿って強制的に思考を巡らせることで、固定観念を打ち破り、アイデアを多角的に発展させることができます。新製品開発や既存サービスの改善に行き詰まった際に有効なツールです。
⑤ なぜなぜ分析
なぜなぜ分析は、ある問題が発生した際に、「なぜ、それが起きたのか?」という問いを5回程度繰り返すことで、表面的な原因ではなく、その背後にある根本的な原因(真因)を突き止めるための手法です。トヨタ生産方式で有名になりました。
例:「機械が止まった」
→ なぜ?「ヒューズが切れたから」
→ なぜ?「過電流が流れたから」
→ なぜ?「ベアリングの潤滑油が不足していたから」
→ なぜ?「定期的な点検がされていなかったから」
→ なぜ?「点検マニュアルにその項目がなかったから」(真因)
表面的な原因(ヒューズ交換)だけに対処しても、問題は再発します。根本原因を特定し、そこに対策を打つことで、問題の再発を防止することができます。施策がうまくいかなかった原因分析や、クレーム対応の原因究明などに役立ちます。
⑥ ブレインストーミング
ブレインストーミング(ブレスト)は、複数人で集まり、決められたルールの下で自由にアイデアを出し合う会議手法です。単なる雑談ではなく、質の高いアイデアを効率的に生み出すためのフレームワークと言えます。成功のためには、以下の4つの原則を守ることが重要です。
- 結論厳禁(批判しない): 他人のアイデアを批判・評価しない。どんなアイデアも歓迎する雰囲気を作る。
- 自由奔放(奇抜なアイデアを歓迎): 常識にとらわれない、突飛なアイデアを歓迎する。
- 質より量(量を求める): 最初は質にこだわらず、とにかくたくさんのアイデアを出すことを目指す。
- 結合改善(便乗・発展): 他人のアイデアに便乗したり、複数のアイデアを組み合わせたりして、新たなアイデアを生み出す。
これらのルールを守ることで、参加者が安心して発言でき、創造的なアイデアが生まれやすい環境を作ることができます。
フレームワークの活用を助ける便利ツール
マーケティングフレームワークは思考の整理に役立ちますが、それを実行し、効果を測定するためには膨大なデータの収集・分析が必要です。ここでは、フレームワークの活用を強力にサポートする代表的なITツールを紹介します。
MA(マーケティングオートメーション)
MA(マーケティングオートメーション)は、見込み客(リード)の獲得から育成、選別までの一連のマーケティング活動を自動化・効率化するためのツールです。
MAツールは、Webサイト上のユーザー行動を追跡し、「どのページを何回見たか」「どのメールを開封したか」といったデータを蓄積します。そして、その行動履歴に基づいて顧客をスコアリングし、興味関心度合いに応じてパーソナライズされたメールを自動配信する、といったことが可能です。
- 親和性の高いフレームワーク:
- マーケティングファネル: ファネルの各段階にいる顧客を可視化し、次の段階へ引き上げるための施策を自動実行できます。
- AARRRモデル: ユーザーの行動データを自動で計測し、各指標の改善に役立ちます。
- DECAX: コンテンツを通じた顧客との関係構築(Engage)プロセスを自動化し、管理します。
- LTV: 顧客との継続的なコミュニケーションを自動化することで、LTV向上に貢献します。
SFA(営業支援システム)
SFA(Sales Force Automation / 営業支援システム)は、営業部門の活動を効率化し、生産性を高めるためのツールです。
SFAを導入すると、商談の進捗状況、顧客とのやりとりの履歴、訪問計画といった営業活動に関する情報を一元管理できます。これにより、案件の進捗が可視化され、営業担当者間の情報共有がスムーズになります。また、上司は各担当者の活動状況をリアルタイムで把握し、的確なアドバイスを送ることができます。
- 親和性の高いフレームワーク:
- KGI・KPI: SFAに蓄積されたデータ(商談化数、受注率、売上金額など)をもとに、営業担当者ごと、チームごとのKPI達成状況を正確に把握・管理できます。
- PDCAサイクル: 営業活動の結果(Do)をデータ(Check)で客観的に評価し、次のアクション(Action)に繋げるサイクルを回しやすくなります。
- プロダクトライフサイクル: どの製品がどのくらい売れているのかをデータで把握し、製品ごとの戦略を立てる際の参考にできます。
CRM(顧客関係管理)
CRM(Customer Relationship Management / 顧客関係管理)は、顧客情報を一元管理し、顧客との良好な関係を構築・維持するためのツールです。
SFAが「商談」の管理に重点を置くのに対し、CRMは購入後のアフターフォローや問い合わせ対応なども含めた、顧客との長期的な「関係」の管理に重点を置きます。顧客の基本情報、購入履歴、問い合わせ履歴などを統合的に管理し、全部門で共有することができます。
- 親和性の高いフレームワーク:
- RFM分析: CRMに蓄積された購買データを活用し、RFM分析を簡単に行うことができます。分析結果に基づいて、特定の顧客セグメントにメールマガジンを配信するなどの施策が可能です。
- LTV: 顧客情報を一元管理することで、顧客一人ひとりのLTVを算出しやすくなります。LTV向上のための施策の効果測定にも役立ちます。
- 7C分析(Communication): 顧客からの問い合わせ履歴などを全社で共有することで、一貫性のあるコミュニケーションを実現できます。
これらのツールは、それぞれ得意領域が異なりますが、連携させることでさらに大きな効果を発揮します。フレームワークで戦略の骨子を作り、ツールでその実行と効果測定を効率化することで、データに基づいた精度の高いマーケティング活動が可能になります。
まとめ:フレームワークは目的を持って使い分けることが重要
本記事では、35種類のマーケティングフレームワークを目的別に分類し、その使い方や注意点を解説してきました。環境分析から戦略立案、施策の実行、評価改善に至るまで、マーケティングのあらゆるフェーズで活用できる思考の「型」が存在することを、ご理解いただけたのではないでしょうか。
改めて強調したいのは、フレームワークは万能薬ではなく、あくまで思考を整理し、意思決定を助けるための「道具」であるということです。フレームワークのマスを埋めることが目的になってしまっては、本末転倒です。重要なのは、常に「何のためにこの分析を行うのか」という目的意識を持ち、分析から得られた示唆を具体的なアクションに繋げることです。
また、1つのフレームワークに固執するのではなく、直面している課題や目的に応じて、複数のフレームワークを柔軟に組み合わせ、多角的な視点から物事を捉えることが、より精度の高い戦略を生み出す鍵となります。例えば、PEST分析でマクロな環境変化を捉え、3C分析で業界内のポジションを確認し、SWOT分析で戦略課題を抽出し、STP分析で進むべき道を決める、といったように、フレームワークを連動させて使う意識が大切です。
そして、市場や顧客は常に変化し続けています。一度分析して終わりではなく、定期的に情報を見直し、戦略をアップデートしていく姿勢が不可欠です。
今回紹介したフレームワークは、あなたのマーケティング活動をより論理的で、効果的なものに変えるための強力な武器となります。ぜひ、明日からの業務に1つでも取り入れてみてください。そして、実践と改善を繰り返す中で、自分なりの「勝ちパターン」を見つけ出していくことが、マーケターとしての成長に繋がるはずです。