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DX推進に必要な人材とは 5つの職種と育成・確保のポイントを解説

DX推進に必要な人材とは、5つの職種と育成・確保のポイントを解説

現代のビジネス環境において、デジタルトランスフォーメーション(DX)は企業の競争力維持、ひいては生き残りのために不可欠な経営課題となっています。しかし、多くの企業がDXの重要性を認識しながらも、「何から手をつければいいのか分からない」「推進できる人材がいない」といった課題に直面しています。

DXは単なるITツールの導入ではありません。デジタル技術を駆使してビジネスモデルや業務プロセス、さらには企業文化そのものを変革し、新たな価値を創造する壮大な取り組みです。この変革を成功に導くためには、専門的なスキルと変革を推進するマインドを兼ね備えた「DX人材」の存在が不可欠です。

この記事では、DX推進の中核を担う人材に焦点を当て、その定義から必要とされる理由、具体的な職種、スキルセット、そして最も重要な「確保」と「育成」の方法までを網羅的に解説します。自社のDXを加速させるための具体的なヒントが、この記事の中にきっと見つかるはずです。

DX人材とは

DX人材とは

DX推進の文脈で頻繁に耳にする「DX人材」という言葉ですが、その定義は単に「ITに詳しい人材」というだけではありません。DX人材とは、デジタル技術やデータ活用の深い知見を基に、企業のビジネスモデルや業務に変革をもたらし、新たな価値を創出できる人材を指します。

従来のIT人材との最も大きな違いは、その役割と視点にあります。これまでのIT部門やIT人材は、主に既存システムの安定稼働、社内インフラの保守・運用、業務効率化のためのシステム開発といった「守りのIT」を担ってきました。そのミッションは、定められた要件通りに、安定したシステムを構築・維持することにありました。

一方、DX人材に求められるのは、ビジネスの成長に直接貢献する「攻めのIT」です。最新のデジタル技術の動向を常に把握し、それを自社の経営課題や事業戦略と結びつけ、「この技術を使えば、こんな新しいサービスが作れるのではないか」「このデータを分析すれば、顧客体験をこのように向上できるはずだ」といった提案を自ら行い、実行を主導する役割を担います。つまり、テクノロジーはあくまで目的を達成するための「手段」であり、その先にある「ビジネス価値の創造」こそがDX人材の真のミッションです。

なぜ今、これほどまでにDX人材が求められているのでしょうか。その背景には、急激な市場環境の変化があります。スマートフォンの普及、SNSによる情報爆発、AIやIoTといった技術の進化は、消費者の購買行動や価値観を根本から変えました。もはや、従来通りの製品やサービスを提供しているだけでは、顧客の心をつなぎとめることはできません。デジタルを前提とした新しい顧客接点やビジネスモデルを構築しなければ、競合に後れを取り、市場から淘汰されかねないという強い危機感が、多くの企業をDXへと駆り立てています。

このような状況下で、DX人材は企業の未来を左右する羅針盤のような存在です。彼らは、技術とビジネスの間に存在する溝を埋める「橋渡し役」として機能します。例えば、経営層が描く抽象的なビジョンを、実現可能な技術的要件に落とし込んだり、逆にエンジニアが持つ技術的なシーズ(種)から、新たなビジネスの可能性を見出したりします。

よくある疑問として、「DX人材になるには、高度なプログラミングスキルが必須ですか?」と聞かれることがあります。答えは「必ずしもそうではない」です。もちろん、後述するテックリードやデータサイエンティストといった職種では高度な技術力が求められます。しかし、プロジェクト全体を率いるプロデューサーや、ビジネスモデルを設計するビジネスデザイナーといった職種では、自身がコードを書く能力よりも、技術の原理や可能性を理解し、エンジニアと円滑にコミュニケーションを取れる能力の方が重要になるケースも少なくありません。最も大切なのは、技術をどうビジネスに結びつけるかという「構想力」や「企画力」なのです。

まとめると、DX人材とは、単なる技術者ではなく、ビジネスパーソンであり、変革のリーダーです。彼らはデータという客観的な事実に基づいて意思決定を行い、所属する組織やチーム、ひいては企業全体にポジティブな変革の渦を巻き起こす、極めて重要なキーパーソンであると言えるでしょう。

なぜDX推進に専門人材が必要なのか

DXの目的を達成するため、新たなビジネスモデルを創出するため、既存のIT部門だけでは対応が難しいため

DXの重要性は理解していても、「なぜ専門の人材まで必要なのか」「既存の社員やIT部門で対応できないのか」という疑問を持つ経営者や管理職は少なくありません。しかし、DXという取り組みの本質を理解すれば、専門人材の必要性は自ずと明らかになります。DXは、付け焼き刃のIT化や部分的な業務改善とは次元の異なる、全社的な「変革」活動だからです。

DXの目的を達成するため

DXが目指すゴールは、単なる「業務効率化」や「コスト削減」に留まりません。これらはDXの副次的な効果ではあっても、本質的な目的ではありません。DXの真の目的は、デジタル技術を駆使して「新たな顧客体験価値を創造する」「競争優位性の高いビジネスモデルを構築する」「変化に迅速かつ柔軟に対応できる企業文化を醸成する」といった、より戦略的で高次な目標の達成にあります。

こうした壮大な目的を達成するためには、従来のやり方の延長線上では限界があります。例えば、「顧客体験の向上」を目標に掲げたとしましょう。これを達成するには、Webサイトを少し改修したり、問い合わせフォームを設置したりするだけでは不十分です。顧客の行動データをリアルタイムで分析し、一人ひとりに最適化された情報を提供するパーソナライゼーション。実店舗とオンラインストアの垣根をなくし、いつでもどこでも同じように快適な購買体験を提供するOMO(Online Merges with Offline)。これらを実現するには、データ分析、AI、クラウド、モバイルアプリといった多様な技術を組み合わせ、一貫した顧客体験として設計し直す必要があります。

このような構想を描き、実現へと導くには、経営戦略レベルのビジネス視点と、最先端のテクノロジーに関する深い知見の両方を併せ持つ専門人材が不可欠です。彼らは、経営層が示すビジョンを具体的なデジタル戦略に翻訳し、それを実現するための技術選定、開発計画、推進体制の構築までを一気通貫でリードできます。専門人材がいなければ、DXは「掛け声倒れ」に終わるか、あるいは本質からずれた単なるITツール導入プロジェクトに矮小化してしまう危険性が高いのです。

新たなビジネスモデルを創出するため

現代のビジネス環境は、デジタル技術によって既存の業界構造が破壊され、新たなプレイヤーが次々と登場する「デジタル・ディスラプション(デジタルによる創造的破壊)」の時代です。音楽業界におけるストリーミングサービス、タクシー業界における配車アプリなど、例を挙げればきりがありません。このような時代において、企業が持続的に成長するためには、既存事業の改善(連続的なイノベーション)だけでなく、デジタルを核とした全く新しい収益源となるビジネスモデルの創出(非連続なイノベーション)が求められます。

しかし、長年同じ事業に携わってきた人材だけでは、こうした破壊的なアイデアを生み出すことは容易ではありません。業界の常識や過去の成功体験、既存の組織構造といった「見えない足かせ」が、自由な発想を妨げてしまうからです。

ここで専門人材の価値が発揮されます。特にビジネスデザイナーのような職種の人材は、特定の業界の常識に染まっていないがゆえに、顧客の潜在的なニーズ(本人たちも気づいていない課題)を的確に捉えたり、デジタル技術の可能性から逆算して「こんなビジネスはできないか」と大胆な発想をしたりすることが得意です。

例えば、ある建機メーカーが、単に建設機械を販売するビジネスから脱却し、機械に搭載した無数のセンサーから稼働データを収集・分析することで、「故障予兆検知サービス」や「現場の稼働率を最適化するコンサルティング」といった月額課金型のサービス事業を立ち上げたとします。これは、モノを売る「売り切り型」のビジネスから、サービスで継続的に収益を上げる「リカーリング型」への転換であり、まさにDXによる新たなビジネスモデルの創出です。このような変革を実現するには、IoT、データサイエンス、サブスクリプションビジネスに関する深い専門知識を持つ人材の存在が不可欠だったはずです。

既存のIT部門だけでは対応が難しいため

「ITのことなら、情報システム部門に任せればいい」と考えるのは、DXを推進する上での典型的な失敗パターンの一つです。もちろん、既存のIT部門が持つ業務知識やシステムに関する知見はDXにおいても貴重な財産ですが、彼らにDX推進の全てを担わせることには構造的な難しさがあります。なぜなら、従来のIT部門に求められてきた役割と、DX推進で求められる役割とでは、ミッション、スキルセット、マインドセットが根本的に異なるからです。

項目 従来のIT部門(守りのIT) DX推進部門(攻めのIT)
ミッション システムの安定稼働、セキュリティ確保、コスト最適化 新たなビジネス価値の創造、競争優位性の確立
開発手法 ウォーターフォール(計画重視、仕様変更に弱い) アジャイル(変化への対応、スピード重視)
主要技術 オンプレミス、基幹システム(ERP)、COBOLなど クラウド、AI/ML、データ分析、API、マイクロサービスなど
マインドセット 安定志向、減点主義(障害を起こさないことが評価) 挑戦志向、加点主義(失敗から学び、成果を出すことが評価)

このように、両者は似て非なるものです。例えるなら、長距離輸送を担う大型トラックの運転手(従来のIT部門)に、F1レースで優勝すること(DX推進)を求めるようなものです。どちらも車を運転するプロフェッショナルですが、求められる技術も、車両も、考え方も全く異なります。

したがって、現実的なアプローチは、既存のIT部門に無理やりDXの役割を押し付けるのではなく、彼らの強みを尊重しつつ、DXを専門に担う新たな人材やチームを設置し、両者が協働する体制を築くことです。例えば、DXチームが開発した新しいサービスを、既存の基幹システムと安全に連携させる場面では、IT部門の知見が不可欠になります。レガシーシステムと新しいデジタル基盤が共存する過渡期において、両者の連携はDX成功の鍵を握るのです。

DX推進を担う5つの主要な職種

DXを推進するためには、多様な専門性を持つ人材がチームとして連携することが重要です。ここでは、経済産業省が策定した「デジタルスキル標準」などを参考に、DXプロジェクトの中核を担う代表的な5つの職種について、それぞれの役割と求められるスキルを詳しく解説します。これらの職種は、DXという壮大な航海における、船長、航海士、機関士、設計士といった役割分担と捉えると分かりやすいかもしれません。

職種名 主な役割・ミッション
プロデューサー/プロダクトマネージャー DXやデジタルビジネスの全体責任者。戦略立案から実行までを統括し、プロジェクトを成功に導くリーダー。
ビジネスデザイナー DXやデジタルビジネスの企画・立案・推進を担当。顧客ニーズや市場動向を分析し、具体的なビジネスモデルを設計する。
テックリード/アーキテクト デジタル技術の専門家。ビジネス目標達成のための技術選定やシステム全体の設計(アーキテクチャ設計)を担う。
データサイエンティスト データ活用の専門家。事業課題の解決に向けて、データの収集・分析・モデリングを行い、意思決定を支援する。
UI/UXデザイナー ユーザー中心設計の専門家。プロダクトやサービスの使いやすさ、心地よい体験(UX)を設計し、顧客満足度を向上させる。

① プロデューサー/プロダクトマネージャー

プロデューサー(またはプロダクトマネージャー)は、DXプロジェクトやデジタルプロダクト全体の成功に責任を持つ、まさに「船長」のような存在です。経営層と連携してDX戦略の方向性を定め、具体的な目標を設定し、その達成に向けたロードマップを描きます。

彼らの仕事は多岐にわたります。ビジネスデザイナーが生み出したアイデアの事業性を評価し、開発の優先順位を決定します。テックリードと協力して技術的な実現可能性を見極め、必要な予算や人員を確保します。プロジェクトが始まれば、進捗管理、課題解決、関係部署との調整など、プロジェクトを円滑に推進するためのあらゆる業務をこなします。そして最終的には、プロダクトやサービスが市場に受け入れられ、ビジネス上の成果を出すことに対して全責任を負います。

この役割を担うには、特定の専門スキル以上に、幅広い知識と高いレベルのソフトスキルが求められます。リーダーシップを発揮して多様な専門家チームをまとめ上げ、ビジョンを共有する力。複雑な問題を整理し、的確な意思決定を下す力。そして、社内外の様々なステークホルダー(利害関係者)と粘り強く交渉し、合意形成を図るコミュニケーション能力が不可欠です。

② ビジネスデザイナー

ビジネスデザイナーは、DXによって「どのような新しい価値を、どのように生み出すか」を構想する「企画家」や「建築家」に例えられます。彼らの仕事は、顧客自身も気づいていないような潜在的なニーズや課題を発見することから始まります。

そのために、顧客へのインタビュー、アンケート調査、行動観察といったユーザーリサーチ手法を駆使します。また、市場のトレンドや競合の動向を分析し、自社が勝てる領域を見極めます。そうして得られた様々な情報から、「誰の、どんな課題を解決するのか」というプロダクトの核となるコンセプトを定義し、具体的なサービス内容やビジネスモデル(収益の上げ方など)を設計していきます。

ビジネスデザイナーには、ロジカルシンキング(論理的思考)とクリエイティブシンキング(創造的思考)の両方が求められます。顧客課題を構造的に理解し、ビジネスの実現性を冷静に分析する左脳的な能力と、常識にとらわれずに新しいアイデアを生み出す右脳的な能力をバランス良く使い分ける必要があります。近年注目される「デザイン思考」のような、人間中心のアプローチで課題解決を図るフレームワークに関する深い理解も重要です。

③ テックリード/アーキテクト

テックリード(またはアーキテクト)は、DXプロジェクトにおける「技術的司令塔」です。ビジネスデザイナーが描いた構想や、プロデューサーが定めた目標を、技術的にどう実現するかという「設計図」を描く役割を担います。

彼らの重要な仕事の一つが、システム全体の構造を設計する「アーキテクチャ設計」です。将来の事業拡大や変化にも耐えられるような、拡張性(スケーラビリティ)や柔軟性の高いシステム構造を考えます。また、プロジェクトの要件に最適なプログラミング言語、フレームワーク、クラウドサービスなどを選定する「技術選定」も行います。

開発フェーズでは、エンジニアチームのリーダーとして、技術的な課題解決を支援したり、コードレビューを通じて品質を担保したりと、開発プロセス全体を技術的な観点からリードします。そのため、クラウド(AWS, Azure, GCPなど)、マイクロサービス、コンテナ技術(Docker, Kubernetesなど)、API設計、セキュリティといった幅広い領域に関する最新かつ深い知識が求められます。ビジネスサイドの要求を正確に理解し、それを技術的な仕様に落とし込む能力も不可欠です。

④ データサイエンティスト

データサイエンティストは、企業が持つ膨大なデータをビジネス価値に変える「データ活用の専門家」です。彼らの役割は、単にデータを集計・分析するだけではありません。「ビジネス上の課題は何か」を深く理解し、「その課題を解決するためには、どのデータを、どのように分析すればよいか」という仮説を立て、実行し、その結果から有益な知見(インサイト)を導き出すことがミッションです。

例えば、ECサイトの「解約率が高い」という課題に対して、顧客の購買履歴やサイト内での行動ログなどを分析し、「初回購入から30日以内に特定の行動を取らなかったユーザーの解約率が特に高い」といった傾向を発見します。さらに、その知見を基に、「対象ユーザーにクーポンを配布する」といった具体的な施策を提案し、その効果を測定するところまでを担います。

需要予測、不正検知、顧客セグメンテーションといった高度な分析には、統計学や機械学習(AI)の専門知識が不可欠です。また、PythonやRといったプログラミング言語を用いて分析モデルを構築するスキル、SQLを用いてデータベースからデータを抽出するスキル、そして分析結果をビジネスサイドの人間にも分かりやすく伝えるプレゼンテーション能力も同様に重要です。

⑤ UI/UXデザイナー

UI/UXデザイナーは、プロダクトやサービスとユーザーとの接点(インターフェース)を設計し、最高の利用体験を提供する専門家です。UI(ユーザーインターフェース)が「見た目や使いやすさ」といった表層的なデザインを指すのに対し、UX(ユーザーエクスペリエンス)は「製品やサービスを通じてユーザーが得る全ての体験」という、より広範で深層的な概念を指します。

彼らの仕事は、ユーザーが「何に困っているのか」「どう感じているのか」を深く理解することから始まります。そのために、ユーザーインタビューやユーザビリティテストといった手法を用いて、徹底的にユーザー視点に立ちます。そして、ペルソナ(仮想のユーザー像)やカスタマージャーニーマップ(ユーザーがサービスと出会ってから利用するまでの一連の体験を図式化したもの)を作成し、ユーザーが心地よく、迷うことなく目的を達成できるような体験の流れを設計します。

その上で、FigmaやSketchといったデザインツールを使い、直感的に操作できる画面レイアウトや、見ていて楽しくなるような視覚デザインといった具体的なUIを制作します。優れたUI/UXは、顧客満足度を直接的に向上させ、サービスの継続利用やブランドへの愛着につながるため、DXの成果を左右する極めて重要な要素と言えます。

DX人材に共通して求められるスキル・マインド

プロジェクトマネジメント能力、リーダーシップと周囲を巻き込む力、課題発見・解決能力、変化に対応できる柔軟性とチャレンジ精神

前章ではDXを担う主要な5つの職種を紹介しましたが、DXという不確実性の高い変革を成功させるためには、職種を問わず共通して必要とされるスキルやマインドセットが存在します。これらは、専門知識という「幹」を支える、いわば「根」や「土壌」のようなものです。大きく「ハードスキル(テクニカルスキル)」と「ソフトスキル(ヒューマンスキル)」に分けて解説します。

テクノロジーに関する知識・スキル(ハードスキル)

ハードスキルとは、研修や学習によって比較的習得しやすい、定量的に測定可能な技術的な能力を指します。DX人材にとっては、これがビジネスアイデアを実現するための武器となります。

IT・デジタル技術の基礎知識

プロデューサーやビジネスデザイナーのように、自身が直接コードを書いたりシステムを構築したりしない職種であっても、現代の主要なデジタル技術に関する基礎知識は必須です。具体的には、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、クラウドコンピューティング、5G(第5世代移動通信システム)、ブロックチェーンといったキーワードについて、「それぞれがどのような技術で、何ができて、ビジネスにどのようなインパクトをもたらす可能性があるのか」を自分の言葉で説明できるレベルの理解が求められます。

この基礎知識がなければ、技術の実現可能性を無視した「絵に描いた餅」の企画を立ててしまったり、エンジニアとの会話が噛み合わず、プロジェクトに手戻りが発生したりする原因となります。重要なのは、技術の深部まで理解することではなく、技術を「ビジネスの道具」として捉え、その特性と可能性を正しく評価できることです。日頃からIT系のニュースメディアや技術ブログなどに目を通し、知識をアップデートし続ける姿勢が重要になります。

データ分析・活用スキル

DXの本質の一つは、KKD(勘・経験・度胸)に頼った属人的な意思決定から脱却し、データという客観的な根拠に基づいて判断を下す「データドリブン」な文化への転換です。そのため、データサイエンティストのような専門家でなくても、あらゆる職種のDX人材に基本的なデータリテラシーが求められます。

具体的には、Excelのピボットテーブルや関数、あるいはBI(ビジネスインテリジェンス)ツールなどを使って、データを集計・可視化し、そこから何らかの傾向や異常を読み取る能力です。例えば、営業担当者が自身の営業データを分析して「受注率の高い顧客層」の仮説を立てたり、マーケターが広告の成果データを分析して予算配分を最適化したりといった活動がこれにあたります。

データを見て「なぜこうなっているのだろう?」という問いを立て、自分なりの仮説を構築する思考の癖は、あらゆるビジネスシーンで役立ちます。このスキルがあることで、議論はより建設的になり、施策の精度も格段に向上します。

ビジネスを推進するためのスキル・マインド(ソフトスキル)

ソフトスキルとは、コミュニケーション能力やリーダーシップといった、個人の資質や性格に根差した非定型的な能力を指します。DXは技術導入プロジェクトであると同時に、組織や人を変える変革プロジェクトでもあるため、これらのソフトスキルの重要性はハードスキルにも増して高いと言えます。

プロジェクトマネジメント能力

DXプロジェクトは、関係者が多く、技術的な不確実性も高いため、非常に複雑で難易度の高いものになりがちです。このようなプロジェクトを計画通りに、あるいは計画を柔軟に修正しながらゴールへと導くためには、高度なプロジェクトマネジメント能力が不可欠です。

目標(ゴール)と成果物(アウトプット)を明確に定義し、それを達成するためのタスクを洗い出してスケジュールを立てる。プロジェクトの進捗を常に監視し、発生した課題やリスクに迅速に対処する。予算や人員といったリソースを適切に管理する。こうした一連の管理能力が求められます。特にDXでは、最初に完璧な計画を立てるウォーターフォール型よりも、短いサイクルで試作と改善を繰り返すアジャイル型のアプローチが有効な場合が多く、変化に柔軟に対応しながらチームを導く能力が重要視されます。

リーダーシップと周囲を巻き込む力

DXは、既存の業務フローや組織のあり方に大きな変化をもたらすため、しばしば現場からの抵抗や部門間の対立に直面します。こうした障壁を乗り越えて変革を推進するには、公式な役職(マネージャーなど)の有無にかかわらず、強い当事者意識を持ったリーダーシップが求められます。

それは、単に指示を出すだけのリーダーシップではありません。自らが推進しようとしている変革の意義や、その先にある魅力的な未来(ビジョン)を、自分の言葉で熱意をもって語り、周囲の共感を得る力です。エンジニア、マーケター、営業、法務など、異なる背景を持つ多様なメンバーの意見に耳を傾け、時には粘り強く説得し、一つの目標に向かってチームをまとめ上げる「巻き込み力」とも言えるでしょう。この力なくして、全社的な変革であるDXを成し遂げることはできません。

課題発見・解決能力

現状を「当たり前」のものとして受け入れるのではなく、「もっと良くするにはどうすればいいか」「なぜこの業務はこんなに非効率なのだろうか」と常に批判的な視点を持ち、表面的な問題の奥にある本質的な課題を見つけ出す能力は、DX人材にとって最も重要な資質の一つです。

そして、発見した課題に対して、なぜそれが起きているのか(Why)、どうすれば解決できるのか(How)を深く掘り下げ、具体的な解決策を立案し、実行に移す一連のプロセスを遂行する力が求められます。その際には、ロジカルシンキングを用いて課題を構造的に分解したり、デザイン思考を用いてユーザー視点で解決策を模索したりといった、思考のフレームワークが大きな助けとなります。

変化に対応できる柔軟性とチャレンジ精神

DXの道のりに、あらかじめ引かれた綺麗なレールは存在しません。技術は日進月歩で進化し、市場や顧客の反応も、実際にプロダクトをリリースしてみなければ分かりません。当初の計画が、数ヶ月後には全く役に立たなくなることも日常茶飯事です。

このような環境で成果を出すためには、計画通りに進まないことを前提とし、予期せぬ変化にも動じず、しなやかに対応できる柔軟性が不可欠です。そして、何よりも大切なのが、失敗を恐れずに新しいことに果敢に挑戦するチャレンジ精神です。DXにおいては、「何もしないこと」が最大のリスクです。たとえ失敗したとしても、そこから得られる学びやデータは、次の成功に向けた貴重な財産になります。この「やってみよう」「失敗から学ぼう」というポジティブなマインドセットこそが、DX推進の最大のエンジンとなるのです。

DX推進人材を確保する方法【社外編】

多くの企業にとって、DX推進に必要なスキルとマインドを兼ね備えた人材を、すぐに社内で見つけ出すことは困難です。そこで、まずは社外から専門知識や経験を取り入れることが、DXを迅速に立ち上げるための有効な手段となります。ここでは、社外からDX人材を確保する3つの主要な方法と、それぞれのメリット・デメリットを解説します。

確保方法 メリット デメリット こんな企業におすすめ
中途採用 ・即戦力となるスキルと経験を迅速に獲得できる
・社内にない新しい知見や視点を取り込める
・採用市場での競争が激しく、獲得が困難
・採用コストや人件費が高い
・既存の企業文化とのミスマッチのリスク
・DXを本格的に内製化したい企業
・リーダーシップを発揮できる核となる人材を求めている企業
外部専門家/サービス ・必要なスキルを迅速かつ柔軟に活用できる
・自社で採用・育成するよりもコストを抑えられる場合がある
・客観的な視点からのアドバイスが得られる
・ノウハウが社内に蓄積されにくい
・外部依存が強まり、自走できなくなるリスク
・機密情報の管理に注意が必要
・DXの方向性や戦略策定で悩んでいる企業
・特定のプロジェクトで高度な専門性が必要な企業
副業・フリーランス ・高度な専門性を持つ人材を柔軟に活用できる
・正社員採用よりコストを抑えやすい
・多様な人材と接点を持つ機会になる
・コミットメントの度合いや稼働時間が限定的
・情報漏洩のリスク管理がより重要になる
・マネジメントの難易度が上がる
・特定の専門スキル(UI/UX、データ分析等)をスポットで補いたい企業
・新しい働き方を取り入れ、組織を活性化したい企業

中途採用で即戦力を獲得する

DXを本格的に、かつ継続的に推進していくためには、自社に中核となる人材を置くことが理想です。中途採用は、DXプロジェクトを牽引できるリーダーや、特定の領域で高い専門性を持つ即戦力を獲得するための最も直接的な方法です。他社でDXの成功体験や失敗体験を積んできた人材は、自社にない新しい知見やカルチャーをもたらし、組織に大きな刺激を与えてくれます。

しかし、その実現は容易ではありません。DX人材の需要は業界を問わず非常に高く、特に経験豊富なプロデューサーやデータサイエンティストは、熾烈な獲得競争の対象となっています。優秀な人材を惹きつけるためには、市場価値に見合った高い報酬を提示するだけでなく、それ以上に魅力的な「働く環境」を提供することが重要です。

成功のポイントは、「この会社でしかできない挑戦」というミッションを明確に打ち出すことです。経営トップ自らが会社のビジョンやDXにかける想いを熱く語り、「あなたにはこれだけの裁量権を与え、こんな未来を一緒に創ってほしい」と口説き落とすくらいの熱量が求められます。また、旧態依然とした稟議プロセスや年功序列の評価制度ではなく、スピーディーな意思決定が可能で、挑戦が正当に評価される環境を整えることも不可欠です。

外部の専門家や支援サービスを活用する

「そもそもDXで何を目指すべきか分からない」「特定のプロジェクトで高度な技術力が必要だが、採用するほどの工数はない」といった場合には、外部の専門家や専門企業の力を借りるのが有効な選択肢です。DXコンサルティングファーム、システムインテグレーター(SIer)、Web制作会社、データ分析専門企業など、様々なプレイヤーが存在します。

外部活用の最大のメリットは、自社にない専門知識やリソースを、必要な時に必要なだけ、迅速に調達できることです。自社で人材を採用・育成する時間とコストをかけずに、すぐにプロジェクトを始動できます。また、多くの企業を支援してきた専門家からは、自社の人間だけでは気づけない客観的な視点や、業界のベストプラクティスに基づいたアドバイスを得られます。

一方で、デメリットも存在します。最も注意すべきは、外部パートナーに「丸投げ」してしまい、ノウハウが全く社内に蓄積されないことです。プロジェクトが終わると同時に、外部パートナーは去り、後には誰もメンテナンスできないシステムだけが残る、という事態に陥りかねません。これを避けるためには、自社内にも必ずプロジェクトの責任者を置き、外部パートナーと密に連携して主体的に関わることが重要です。また、契約段階で、ドキュメントの納品や社内担当者への技術移転(トレーニングなど)を要件に盛り込み、意識的にノウハウを吸収する仕組みを作ることが求められます。

副業・フリーランス人材を登用する

近年、働き方の多様化が進み、大企業や最先端のIT企業に在籍しながら、副業として個人のスキルを提供する優秀な人材や、独立してフリーランスとして活躍する専門家が増えています。こうした人材を活用することも、DX人材を確保するための強力な選択肢となりつつあります。

副業・フリーランス人材の魅力は、正社員として採用するのは難しいような高い専門性を持つ人材の力を、比較的柔軟かつ低コストで借りられる点です。例えば、「新規サービスのUI/UXデザインだけを、週10時間手伝ってほしい」「立ち上げ期のデータ分析基盤の構築について、アドバイスがほしい」といった、特定の業務や期間に限定したニーズに的確に応えられます。

活用する上での注意点は、彼らのコミットメントや稼働時間が限られていることです。そのため、依頼する業務の範囲(スコープ)と、期待する成果物(アウトプット)を、契約時に具体的かつ明確に定義しておく必要があります。また、社外の人間が企業の機密情報にアクセスすることになるため、秘密保持契約(NDA)の締結はもちろん、アクセス権限の管理といった情報セキュリティ対策を徹底することが不可欠です。円滑な連携のためには、定例ミーティングの設定や、Slackなどのチャットツールを活用した日々のコミュニケーションの仕組みを整えることも重要になります。

DX推進人材を育成する方法【社内編】

DXのビジョンと必要な人材像を明確にする、社員のスキルを可視化する、育成計画を策定し学習機会を提供する、挑戦できる環境と適切な評価制度を整える

社外からの人材獲得はDXの初速を高める上で有効ですが、企業の持続的な成長と競争力強化のためには、自社のビジネスを深く理解した人材を社内で育成していくことが不可欠です。社内育成は、外部依存から脱却し、DXを自社の文化として根付かせるための最も確実な道筋です。ここでは、社内でDX人材を育成するための具体的なステップと、その鍵となる「リスキリング」について解説します。

DX人材を育成する4つのステップ

場当たり的な研修を繰り返すだけでは、真のDX人材は育ちません。戦略的かつ体系的なアプローチが必要です。

① DXのビジョンと必要な人材像を明確にする

育成の第一歩は、「どのような山を、誰と登るのか」を明確にすることです。まず、経営層が中心となって、「自社はDXを通じて、3年後、5年後にどのような姿になっていたいのか」という、具体的でワクワクするようなビジョンを描き、全社に共有します。

次に、そのビジョンを実現するプロセスを逆算し、「そのためには、どのような役割を担う人材が、何人くらい必要なのか」という人材要件(ペルソナ)を定義します。例えば、「顧客データを活用した新サービスを3年で5つ創出する」というビジョンであれば、「プロジェクトを率いるプロデューサーが2名、サービスを企画するビジネスデザイナーが3名、データを分析するデータサイエンティストが2名必要だ」といった具合です。さらに、「プロデューサーには、最低でも2つの事業立ち上げ経験と、5人以上のチームマネジメント経験を求める」など、求めるスキルや経験レベルまで具体化します。このゴール設定が曖昧なままでは、育成施策が全て的外れになってしまいます。

② 社員のスキルを可視化する

目指すべきゴール(To-Be)が定まったら、次は現在地(As-Is)を正確に把握します。つまり、社内にどのようなスキルを持った人材が、どれくらいいるのかを「見える化」するのです。

具体的な手法としては、全社員を対象としたスキル調査が有効です。IPA(情報処理推進機構)が公開している「デジタルスキル標準」などを参考に、DXに必要なスキル項目を網羅した「スキルマップ」を作成します。そして、社員の自己申告や上司による評価、あるいはオンラインのスキル診断テストなどを通じて、一人ひとりのスキル保有状況をデータとして収集・蓄積します。

これにより、「Aさんはコミュニケーション能力が高いのでプロデューサー候補」「Bさんは統計の知識があるのでデータサイエンティスト候補」といった育成ターゲットの選定が可能になります。同時に、「全社的にUI/UXに関する知見が決定的に不足している」「若手層のデータ分析スキルが低い」といった、組織全体のスキルギャップも明らかになり、育成計画の精度を高めることができます。

③ 育成計画を策定し学習機会を提供する

現状と理想のギャップが明らかになったら、そのギャップを埋めるための具体的な育成計画(ロードマップ)を策定し、多様な学習機会を提供します。重要なのは、「Off-JT(座学)」と「OJT(実践)」を効果的に組み合わせることです。

  • Off-JT(Off-the-Job Training): 業務を離れて行う学習です。外部の専門機関が提供するDX研修への参加、UdemyやCourseraといったオンライン学習プラットフォーム(MOOCs)の導入、関連資格(例:G検定、統計検定)の取得支援制度、あるいは社内の専門家が講師となる勉強会の開催などが挙げられます。これらは、体系的な知識をインプットするために有効です。
  • OJT(On-the-Job Training): 実際の業務を通じて学ぶ、最も重要な学習機会です。どれだけ知識をインプットしても、実践で使わなければスキルは身につきません。育成対象者を、まずは小規模なDXプロジェクトにメンバーとしてアサインし、経験豊富なリーダーやメンターの下で実務経験を積ませます。そして、徐々に責任範囲の大きな役割を与えていくことで、生きたスキルと自信を育みます。

④ 挑戦できる環境と適切な評価制度を整える

学習機会を提供するだけでは不十分です。学んだ知識やスキルを活かして、社員が自ら「挑戦したい」と思えるような環境と、その挑戦を正当に評価する仕組みがなければ、育成は絵に描いた餅で終わります。

「挑戦できる環境」とは、例えば、新規事業アイデアを誰でも提案できる制度や、部署の垣根を越えて有志でプロダクトを開発する社内ハッカソンのようなイベントです。あるいは、既存の組織のルールやしがらみから解放された「出島」のような特区を設け、そこで自由に新しい試みをさせることも有効です。

そして、最も重要なのが「評価制度」の見直しです。従来の、失敗を許さない減点主義や、勤続年数で評価が決まる年功序列の制度では、誰もリスクを取って新しいことに挑戦しようとはしません。DXへの貢献度や、新たなスキル習得に向けた努力、挑戦したプロセスそのものを評価する仕組みへと変革する必要があります。たとえプロジェクトが失敗に終わっても、そこから得られた学びが組織の貴重な資産となったのであれば、それをポジティブに評価する。そのような文化を醸成することが、挑戦する人材を育てる土壌となります。

リスキリング(学び直し)を全社で推進する

リスキリングとは、技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しい知識やスキルを学び、これまでとは異なる新しい職業や業務に就けるようにすることです。これは、一部の優秀な社員だけを対象としたDX人材育成とは異なり、全社員を対象として、組織全体の能力をアップデートしていく取り組みです。

AIやRPAによって定型的な事務作業が自動化されていく一方で、データを活用した業務改善提案や、顧客とのより深いコミュニケーションといった、人間にしかできない付加価値の高い仕事の重要性が増しています。リスキリングは、こうした変化の中で従業員が価値を発揮し続け、自身のキャリアを豊かにするための、企業と従業員双方にとって不可欠な投資です。

全社でリスキリングを推進するためには、まず経営トップが「会社は皆さんの新しい学びと挑戦を全力で支援する」という強いメッセージを発信し、リスキリングの重要性を繰り返し訴えることが不可欠です。そして、業務時間の一部を学習時間に充てることを制度として認めたり、学習成果を発表し称え合う場を設けたりすることで、「学ぶことが当たり前」という学習文化を醸成していきます。これにより、全社員のDXリテラシーが底上げされ、組織全体で変革を推進する強力な基盤が築かれます。

DX推進を成功させるための重要なポイント

経営層が強くコミットする、レガシーシステムからの脱却を計画する、全社員のDXリテラシーを底上げする

これまでDX人材の確保と育成に焦点を当ててきましたが、DXの成功は人材だけの問題ではありません。どんなに優秀な人材を集めても、それを支える組織的な土台がなければ、その能力を十分に発揮することはできません。ここでは、DXを真に成功させるために、人材戦略と並行して取り組むべき3つの重要なポイントを解説します。

経営層が強くコミットする

DX推進における最も重要な成功要因は、間違いなく「経営層の強いコミットメント」です。DXは、一部門の改善活動ではなく、事業のあり方や組織の文化、働き方までをも変える全社的な変革です。このような大きな変革には、必ず部門間の利害の対立や、既存のやり方を変えたくないという抵抗勢力が現れます。これらを乗り越え、変革を力強く推進できるのは、最終的な経営責任を負う経営層以外にいません。

経営層のコミットメントは、単に「DXは重要だ」と号令をかけるだけでは不十分です。具体的な行動で示す必要があります。
第一に、「なぜ我が社はDXに取り組むのか」「DXによって何を実現したいのか」という明確なビジョンを、社員の心が動くような言葉で、繰り返し語り続けること。これが、全社員が同じ方向を向くための北極星となります。
第二に、DX推進部門や担当者に対して、十分な予算と、既存の組織の壁を越えて変革を実行できるだけの強い権限を与えること。人・モノ・カネというリソースを大胆に投資する覚悟が問われます。
そして第三に、短期的なROI(投資対効果)を性急に求めず、失敗を許容する文化を自ら体現することです。「挑戦を称賛し、失敗から学ぶ」という姿勢をトップが示すことで、現場は安心してチャレンジできるようになります。

レガシーシステムからの脱却を計画する

多くの日本企業がDXを進める上で、大きな足かせとなっているのが「レガGシーシステム」の存在です。レガシーシステムとは、長年の度重なる改修によって内部構造が複雑化・肥大化し、もはや誰も全体像を把握できていないような古い基幹システムなどを指します。

こうしたシステムは、「技術的負債」とも呼ばれ、DX推進を様々な面で阻害します。まず、データが各システムにバラバラに保管される「サイロ化」を引き起こし、全社横断でのデータ活用を困難にします。また、古い技術で作られているため、新しいクラウドサービスやAPIとの連携が難しく、俊敏なサービス開発の足かせとなります。さらに、システムの仕様を知るベテラン技術者の退職により、維持管理すら困難になるリスクも抱えています。

この技術的負債を抱えたままでは、どんなに優れたDX戦略を描いても、実行段階で必ず壁にぶつかります。したがって、レガシーシステムからの計画的な脱却(モダナイゼーション)は、DXと一体で進めるべき重要な課題です。もちろん、巨大なシステムを一度に全て刷新するのはリスクもコストも莫大です。影響範囲の少ない周辺システムから段階的に刷新したり、システムを機能ごとに小さなサービスに分割(マイクロサービス化)していくなど、自社の状況に合わせた現実的なロードマップを策定し、着実に実行していくことが求められます。

全社員のDXリテラシーを底上げする

DXは、一部の専門家チームだけで進めるものではありません。現場で日々業務を行い、顧客と接している全社員が、DXの意義を理解し、「自分ごと」として主体的に関わってこそ、真のビジネス変革は実現します

例えば、工場の作業員が、センサーデータを見て生産ラインの改善点を提案する。営業担当者が、CRM(顧客関係管理)システムに蓄積されたデータから、次のアプローチのヒントを得る。コールセンターのオペレーターが、顧客の声を分析して、サービスの改善アイデアを企画部門にフィードバックする。こうした現場起点の小さな変革の積み重ねが、企業全体の大きな競争力へと繋がっていきます。

これを実現するためには、専門家ではない一般社員のDXリテラシー、すなわち「デジタル技術やデータを、自身の業務をより良くするために活用する能力」を組織全体で底上げしていく必要があります。

具体的な取り組みとしては、全社員を対象としたDXの基礎知識に関する研修やセミナーの実施、社内報やポータルサイトでの先進的な取り組み事例の共有、あるいは専門家でなくても直感的にデータを可視化・分析できるBIツールを導入し、現場の社員がデータに触れる機会を増やすことなどが有効です。目指すべきは、役職や部署に関わらず、誰もが当たり前のようにデータを見ながら会話し、デジタルツールを使いこなして改善提案ができる。そのようなカルチャーを組織に根付かせることです。

まとめ

本記事では、DX推進に不可欠な「DX人材」について、その定義から求められる理由、具体的な職種、スキル、そして確保・育成の方法に至るまで、多角的に解説してきました。

DX人材とは、単なるITの専門家ではなく、デジタル技術とビジネスへの深い理解を両輪とし、企業の未来を創造する変革の主導者です。プロデューサー、ビジネスデザイナー、テックリード、データサイエンティスト、UI/UXデザイナーといった多様な専門家たちが、それぞれの役割を果たし、チームとして連携することで、DXという壮大なプロジェクトは前進します。

そして、これらの専門人材を確保するためには、即戦力を獲得する「社外からの採用(中途・外部委託・フリーランス)」と、自社の文化と事業を深く理解した人材を育てる「社内での育成(リスキリング)」の両輪で、戦略的にアプローチすることが極めて重要です。

しかし、人材戦略だけでDXが成功するわけではありません。記事の最後で触れたように、経営層の揺るぎないコミットメント、DXの足かせとなるレガシーシステムからの脱却、そして一部の専門家だけでなく全社員のDXリテラシーを底上げする組織的な取り組みが伴って初めて、人材はその能力を最大限に発揮できます。

DXは、決して平坦な道のりではありません。しかし、この記事で紹介したポイントを一つひとつ着実に実行していくことで、貴社のDXは必ず成功へと近づくはずです。まずは自社に今、どのような人材が不足しているのかを明確に定義し、その確保・育成に向けた第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。