現代のビジネス環境において、サイバーセキュリティは経営における最重要課題の一つです。デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速により、企業のITシステムは複雑化し、サイバー攻撃の標的となる領域(アタックサーフェス)は拡大し続けています。このような状況下で、自社のセキュリティ対策が本当に有効なのか、客観的に評価する必要性が高まっています。
その評価手法の一つとして注目されているのが「ペネトレーションテスト(侵入テスト)」です。本記事では、ペネトレーションテストの基本的な概念から、混同されがちな脆弱性診断との違い、具体的な手法、費用相場、そして信頼できる依頼先の選び方まで、網羅的に解説します。この記事を読めば、ペネトレーションテストの全体像を理解し、自社のセキュリティ強化に向けた次の一歩を踏み出すための知識を得られるでしょう。
目次
ペネトレーションテストとは
ペネトレーションテストは、直訳すると「侵入テスト」となり、その名の通り、対象となる情報システム(Webサイト、サーバー、ネットワークなど)に対して、実際に様々な手法を用いて侵入を試みるセキュリティテストです。このテストを通じて、システムに存在する脆弱性や設定の不備が、実際の攻撃によって悪用された場合にどのような被害が発生しうるのかを具体的に明らかにします。
攻撃者の視点でシステムの侵入を試みるテスト
ペネトレーションテストの最大の特徴は、「攻撃者(ハッカー)の視点」でテストを実施する点にあります。テストを行うのは、「ホワイトハットハッカー」や「エシカルハッカー」と呼ばれる、高い技術力と倫理観を兼ね備えたセキュリティ専門家です。彼らは、悪意のある攻撃者が用いるのと同じ思考プロセス、ツール、テクニックを駆使して、システムの「穴」を探し、そこから侵入を試みます。
単に脆弱性をリストアップするだけでなく、「この脆弱性と別の設定不備を組み合わせれば、管理者権限を奪取できる」「この侵入経路を辿れば、最終的に顧客データベースに到達できる」といった、一連の攻撃シナリオが成立するかどうかを検証します。これにより、個々の脆弱性の危険度だけでなく、それらが連鎖した際に引き起こされるビジネス上のリスクを、より現実的な形で評価できます。
いわば、自社の防衛システムに対して、専門家による「模擬戦闘」を仕掛けるようなものです。この実践的なアプローチにより、机上の空論では見えてこない、真のセキュリティ強度を測ることが可能になります。
ペネトレーションテストの目的
ペネトレーションテストは、主に以下の二つの大きな目的を持って実施されます。
セキュリティ対策が有効に機能しているか評価する
多くの企業では、ファイアウォール、WAF(Web Application Firewall)、IDS/IPS(不正侵入検知・防御システム)といった、様々なセキュリティ製品やソリューションを導入しています。また、セキュリティポリシーを定め、運用ルールを整備しているはずです。しかし、これらの対策が、巧妙化する実際のサイバー攻撃に対して本当に効果を発揮するかは、平時にはなかなかわかりません。
ペネトレーションテストは、こうした導入済みのセキュリティ対策が、攻撃者の侵入 محاولةをきちんと防げるか、あるいは検知できるかを実戦形式で評価する絶好の機会です。例えば、「WAFの検知ルールを回避してSQLインジェクション攻撃を成功させられるか」「IDS/IPSに気づかれずに内部ネットワークで活動範囲を広げられるか」といった検証を行います。
テストの結果、対策が有効に機能していることが確認できれば、セキュリティ投資の妥当性を証明できます。逆に、対策が突破されたり、検知されなかったりした場合は、その原因を特定し、設定の見直しや運用プロセスの改善、新たな対策の導入といった、具体的なアクションに繋げられます。
侵入された場合のリスクや影響範囲を具体的に把握する
サイバーセキュリティにおいて「100%の防御」は存在しない、というのが共通認識です。したがって、万が一、防御壁が突破され、システム内部への侵入を許してしまった場合に何が起こるのかを想定し、備えておくことが極めて重要です。
ペネトレーションテストは、この「万が一」をシミュレートします。テスト担当者がシステムへの侵入に成功した場合、それでテストは終わりではありません。そこからさらに、内部ネットワークの他のサーバーへ侵入を拡大(ラテラルムーブメント)したり、より高い権限を持つアカウントを奪取(権限昇格)したり、最終目的である機密情報(顧客情報、財務情報、技術情報など)の窃取を試みたりします。
このプロセスを通じて、「最初の侵入箇所から、最も重要な情報が保管されているサーバーまで到達するのに、どれくらいの時間がかかり、どのような経路を辿るのか」「どの部署の、どの情報資産が危険に晒されているのか」といった、侵害された際の影響範囲(Blast Radius)を具体的に可視化できます。この結果は、インシデント発生時の対応計画(インシデントレスポンスプラン)の策定や、事業継続計画(BCP)の見直し、そして経営層へのセキュリティリスク報告において、非常に価値のある情報となります。
ペネトレーションテストが必要とされる理由
なぜ今、多くの企業でペネトレーションテストの重要性が叫ばれているのでしょうか。その背景には、主に二つの大きな環境変化があります。
サイバー攻撃の多様化と巧妙化
近年のサイバー攻撃は、その手口がますます多様化・巧妙化しています。特定の脆弱性を狙う単純な攻撃だけでなく、複数の手法を組み合わせた持続的標的型攻撃(APT: Advanced Persistent Threat)や、取引先企業を経由して侵入するサプライチェーン攻撃、身代金を要求するランサムウェア攻撃などが猛威を振るっています。
これらの高度な攻撃は、単一のセキュリティ製品や、決められたパターンをチェックするだけの脆弱性診断では防ぎきれないケースが増えています。攻撃者は、システムの弱点だけでなく、設定の不備や運用上のミス、さらには従業員の心理的な隙(ソーシャルエンジニアリング)まで、あらゆる要素を組み合わせて攻撃シナリオを構築します。
このような複雑な攻撃シナリオに対する耐性を評価するためには、攻撃者と同じ視点と発想で侵入を試みるペネトレーションテストが不可欠です。システム全体の文脈の中で、複数の弱点がどのように連鎖して深刻な被害に繋がるのかを明らかにできるのは、ペネトレーションテストならではの強みと言えるでしょう。
DX推進による攻撃対象の増加
クラウドサービスの全面的な利用、テレワークの常態化、IoT機器の導入といったデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展は、ビジネスに大きな便益をもたらす一方で、企業の攻撃対象領域(アタックサーフェス)を著しく増大させました。
かつては社内の閉じたネットワークで守られていた情報資産が、インターネット経由でアクセス可能になり、従業員は自宅や外出先など、様々な場所から社内システムに接続します。また、スマートファクトリーやスマートビルなどで導入される無数のIoT機器も、新たな侵入経路となる可能性があります。
このようにIT環境が分散・複雑化する中で、企業が自社の攻撃対象領域をすべて正確に把握し、管理することは非常に困難になっています。思わぬところに設定ミスや管理されていないIT資産(シャドーIT)が存在し、そこが攻撃の足がかりとなるケースは後を絶ちません。ペネトレーションテストは、こうした予測しづらいリスクを攻撃者の視点から洗い出し、DX時代に即した実効性のあるセキュリティ体制を構築するために、極めて有効な手段なのです。
脆弱性診断との違い
ペネトレーションテストとしばしば混同されるセキュリティ評価手法に「脆弱性診断」があります。両者はシステムの安全性を高めるという大きな目的は共通していますが、その具体的な目的、手法、対象範囲、そして成果物である報告書の内容において明確な違いがあります。両者の違いを正しく理解し、目的に応じて使い分けることが重要です。
目的の違い
両者の最も根本的な違いは、その「目的」にあります。
- 脆弱性診断の目的:網羅的な脆弱性の「検出」
脆弱性診断は、対象となるシステムに既知の脆弱性がどれだけ存在するかを、網羅的に洗い出すことを目的としています。人間ドックや健康診断に例えると分かりやすいでしょう。全身をくまなくチェックし、問題のある箇所(脆弱性)をリストアップすることがゴールです。検出された脆弱性が実際に悪用可能か、悪用された場合にどのような被害が出るか、といった点までは基本的に深掘りしません。 - ペネトレーションテストの目的:シナリオベースでの「侵入」と「リスク評価」
一方、ペネトレーションテストは、特定のゴール(例:「機密情報の窃取」「システムの停止」)を定め、そのゴールが達成可能かどうかを実証することを目的とします。これは、実戦を想定した模擬戦闘訓練に例えられます。発見した脆弱性を実際に利用して侵入を試み、どこまで被害が拡大するのかを検証します。個々の脆弱性の有無よりも、「攻撃シナリオが成立するか」という点が重視されます。
つまり、脆弱性診断が「問題点のリストアップ」を目指すのに対し、ペネトレーションテストは「問題点を利用して目的を達成できるかの証明」を目指す、という点で大きく異なります。
手法の違い
目的が異なるため、用いる手法にも違いが見られます。
- 脆弱性診断の手法:ツールと手動の組み合わせによる網羅的スキャン
脆弱性診断では、効率的に広範囲をチェックするため、脆弱性スキャナーと呼ばれる専用の自動ツールを主軸に用いることが一般的です。ツールは、既知の脆弱性パターンが登録されたデータベースと対象システムを照合し、一致するものを検出します。加えて、ツールでは検出が難しいロジックの不備などを補うために、専門家による手動での診断も行われます。体系化された手順に基づき、一つ一つの項目を潰していくアプローチが特徴です。 - ペネトレーションテストの手法:専門家の知見と創造性による手動テスト
ペネトレーションテストは、専門家(テスター)のスキル、経験、そして創造性に大きく依存します。テスターは、攻撃者になりきり、自動ツールだけに頼るのではなく、様々なオープンソースツールや自作のスクリプトを組み合わせ、状況に応じて柔軟に手法を変えながら侵入を試みます。システムの仕様や構成を分析し、複数の脆弱性や設定不備を独創的に繋ぎ合わせて攻撃シナリオを組み立てるなど、高度な思考力が求められます。まさに「ハッカーの頭脳」を借りて攻撃をシミュレートする手法です。
対象範囲の違い
テストがカバーする範囲にも違いがあります。
- 脆弱性診断の対象範囲:事前に定義された明確なスコープ
脆弱性診断は、事前に「このWebサーバーのこのアプリケーション」「このIPアドレス群」といった形で、診断対象(スコープ)を明確に定義して実施されます。その範囲内に存在する脆弱性を網羅的に検査します。 - ペネトレーションテストの対象範囲:ゴール達成のために利用可能なあらゆる要素
ペネトレーションテストの対象範囲は、より柔軟で広範になることがあります。もちろん基本的なスコープは定めますが、ゴール達成という目的のためには、スコープ外の公開情報(OSINT)の調査や、場合によっては従業員を狙った標的型攻撃メールの送信(ソーシャルエンジニアリング)、物理的なオフィスへの侵入といった手段が含まれることもあります。攻撃者が利用しうるあらゆるものが、潜在的なテスト対象となりえるのです。
報告書の内容の違い
最終的なアウトプットである報告書も、その内容が大きく異なります。これは、依頼者(特に経営層)がどちらのテストを求めているかを判断する上で重要なポイントになります。
- 脆弱性診断の報告書:技術者向けの脆弱性リスト
脆弱性診断の報告書は、検出された脆弱性の一覧が中心となります。各脆弱性について、その内容、危険度(CVSSスコアなどで評価)、再現手順、そして具体的な修正方法(例:「パッチを適用してください」「設定をこのように変更してください」)といった、技術的な情報が詳細に記載されます。主に、開発者やインフラ担当者が対策を実施するための技術資料としての側面が強いです。 - ペネトレーションテストの報告書:経営層にも理解できるリスク評価
ペネトレーションテストの報告書は、技術的な詳細に加えて、ビジネスの観点からのリスク評価に重点が置かれます。具体的には、「どのような手順で侵入に成功したか」という攻撃シナリオの時系列での解説、「侵入によってどのような情報が窃取され、ビジネスにどのような影響(金銭的損失、信用の失墜など)があるか」というリスクの分析、そして「技術的な対策だけでなく、組織的なルールや運用プロセスの見直しを含む、総合的な改善提案」などが含まれます。多くの場合、経営層向けの要約(エグゼクティブサマリー)と、技術者向けの詳細レポートの二部構成になっています。
両者の違いを一覧で比較
これまでの違いをまとめると、以下のようになります。この表を見れば、両者が補完的な関係にあり、どちらか一方だけを実施すれば良いというものではないことが理解できるでしょう。
観点 | ペネトレーションテスト | 脆弱性診断 |
---|---|---|
目的 | 侵入シナリオの実証とビジネスリスクの評価 | 網羅的な脆弱性の検出とリストアップ |
例え | 実戦的な模擬戦闘訓練 | 全身をくまなく調べる人間ドック |
手法 | 専門家による手動テストが中心。創造性や発想力が重要。 | 自動ツールと手動テストの併用。体系的な検査が中心。 |
対象範囲 | ゴール達成のために利用可能な広範な要素(人や物理環境を含む場合も) | 事前に定義された特定のシステムやアプリケーション |
報告書 | 攻撃シナリオ、ビジネスインパクト、経営層向けの要約を含む | 脆弱性のリスト、危険度評価、技術的な修正方法が中心 |
評価の視点 | 点の脆弱性を繋いだ「線」や「面」での評価 | 「点」としての脆弱性の評価 |
定期的な「脆弱性診断」でシステムの健康状態を広く浅くチェックしつつ、重要なシステムやサービスに対して、より実践的な「ペネトレーションテスト」を年に1回程度実施することで、より強固なセキュリティ体制を築くことができます。
ペネトレーションテストの主な手法3種類
ペネトレーションテストは、テスト担当者に与えられる「情報の量」によって、大きく3つの手法に分類されます。どの手法を選択するかは、テストの目的、予算、期間、そして何を明らかにしたいかによって決定されます。それぞれの特徴を理解し、自社の状況に最も適した手法を選ぶことが重要です。
① ブラックボックステスト
ブラックボックステストは、テスト対象に関する情報を事前にほとんど与えられずに実施する手法です。テスターは、対象となる組織のURLやIPアドレスといった、外部から誰でも知ることができる最低限の情報のみを元に、テストを開始します。
- 視点: まさに、自社のことを何も知らない外部の攻撃者(ハッカー)と同じ視点です。
- プロセス: まず、OSINT(Open Source Intelligence)と呼ばれる手法で、Web検索、SNS、公開されているドメイン情報などから、対象組織の情報を徹底的に収集することから始まります。その後、収集した情報を元に、システムの構成を推測し、攻撃の糸口を探っていきます。
- メリット:
- 現実の攻撃に最も近い: 外部攻撃者の視点でテストを行うため、企業側が想定していなかったような侵入経路や、公開情報から推測されるリスクなど、最も現実的な脅威を発見できる可能性があります。
- 情報収集段階の弱点がわかる: 攻撃の初期段階である「情報収集・偵察」フェーズで、自社がどのような情報を外部に晒しているのかを把握できます。
- デメリット:
- 時間とコストがかかる: 情報収集から手探りで進めるため、テストに時間がかかり、それに伴って費用も高額になる傾向があります。
- 網羅性に欠ける可能性: 限られた期間内では、システムの深部にある脆弱性までたどり着けない可能性があります。テスト担当者のスキルによって、成果が大きく左右されます。
- 適したケース:
- インターネットに公開しているサーバーやサービスに対して、外部の攻撃者からの侵入リスクを現実的に評価したい場合。
- 自社のセキュリティ対策が、未知の攻撃者に対してどれだけ有効かを試したい場合。
② ホワイトボックステスト
ホワイトボックステストは、ブラックボックステストとは対照的に、テスト対象の内部情報を可能な限りすべて提供された状態で実施する手法です。提供される情報には、システムの設計書、ネットワーク構成図、ソースコード、設定ファイル、管理者権限のアカウントなどが含まれます。
- 視点: システムの内部構造を熟知した、悪意のある内部関係者(内部不正を働く従業員や開発者など)や、すでに内部への侵入に成功した攻撃者の視点に近いと言えます。
- プロセス: 提供された情報を詳細に分析し、設計上の不備や実装上の脆弱性を効率的に探します。ソースコードを直接レビューすることで、外部からは見つけにくいロジック上の欠陥を発見することも可能です。
- メリット:
- 網羅的かつ効率的: 内部情報があるため、手探りの必要がなく、短期間でシステムの隅々まで網羅的にテストできます。コストを抑えつつ、深い階層の脆弱性を発見しやすいのが特徴です。
- 根本原因の特定が容易: ソースコードレベルで脆弱性を特定できるため、その根本原因を正確に把握し、的確な修正に繋げやすくなります。
- デメリット:
- 現実の外部攻撃とは異なる: 外部の攻撃者は内部情報を持っていないため、このテストで得られる結果は、実際の外部からの攻撃シナリオとは乖離する可能性があります。
- 準備に手間がかかる: テスト実施前に、膨大な内部資料を準備し、テスターに提供する必要があります。
- 適したケース:
- 自社で開発したWebアプリケーションやソフトウェアのリリース前に、徹底的な品質チェックを行いたい場合。
- システムの買収や統合(M&A)の際に、対象システムのセキュリティ堅牢性を短期間で詳細に評価したい場合。
- 内部不正によるリスクを評価したい場合。
③ グレーボックステスト
グレーボックステストは、ブラックボックスとホワイトボックスの中間に位置する手法です。テスト対象に関する限定的な情報(例:一般ユーザー権限のアカウント、APIの仕様書、ネットワーク構成の概要など)が与えられた状態でテストを実施します。
- 視点: 一般ユーザーとしてサービスに登録した攻撃者や、フィッシングなどで一般社員のアカウントを乗っ取った攻撃者の視点に近いと言えます。
- プロセス: 与えられた情報を足がかりに、権限昇格(一般ユーザーから管理者権限を奪うなど)や、アクセスが許可されていない領域への侵入などを試みます。ブラックボックスの現実性と、ホワイトボックスの効率性を組み合わせたアプローチです。
- メリット:
- 現実性と効率性のバランスが良い: ゼロから情報を探すブラックボックスよりも効率的で、すべての情報を開示するホワイトボックスよりも現実の攻撃シナリオに近い、バランスの取れたテストが可能です。
- 特定の脅威シナリオを検証しやすい: 「一般ユーザーが他のユーザーの情報を閲覧できるか」「退職した元従業員がアカウントを悪用して内部情報にアクセスできるか」といった、具体的な脅威シナリオを想定したテストに適しています。
- デメリット:
- テストの質が提供情報に依存する: どの程度の情報を与えるかによって、テストの深さや範囲が変わってきます。事前のすり合わせが重要になります。
- 適したケース:
- 会員制のWebサイトやオンラインサービスで、一般ユーザーによる不正行為のリスクを評価したい場合。
- 内部ネットワークに接続された端末を利用する従業員からの、意図しない情報漏洩や不正操作のリスクを検証したい場合。
手法 | 提供される情報 | メリット | デメリット |
---|---|---|---|
ブラックボックステスト | ほぼ無し(URL、IPアドレスなど公開情報のみ) | 現実の外部攻撃に最も近い、想定外のリスクを発見可能 | 時間とコストがかかる、網羅性に欠ける可能性 |
ホワイトボックステスト | 全て(ソースコード、設計書、管理者アカウントなど) | 効率的・網羅的にテスト可能、コストを抑えやすい | 現実の外部攻撃とは乖離、準備に手間がかかる |
グレーボックステスト | 限定的(一般ユーザーアカウント、API仕様書など) | 現実性と効率性のバランスが良い、特定の脅威シナリオを検証しやすい | テストの質が提供情報に依存する |
ペネトレーションテストの対象となる種類
ペネトレーションテストは、様々なIT資産を対象に実施できます。テストの目的や守りたい情報資産に応じて、適切な対象を選択することが重要です。ここでは、代表的なテスト対象の種類について解説します。
外部(インターネット側から)のテスト
これは、最も一般的に行われるペネトレーションテストの一つです。インターネットに公開されているサーバーやネットワーク機器を対象に、外部の攻撃者と同じ視点から侵入を試みます。
- 主な対象:
- Webサーバー、メールサーバー、DNSサーバー
- ファイアウォール、VPNゲートウェイなどのネットワーク境界機器
- クラウド上で公開しているサービス(IaaS, PaaS)
- 目的:
- 企業の「玄関口」であるネットワーク境界の防御が強固であるかを確認します。
- 公開されているサーバーのOSやミドルウェアの脆弱性、設定不備を突いて、社内ネットワークへの侵入の足がかりを築けるかを検証します。
- ファイアウォールのルール設定ミスや、VPN機器の脆弱性などを悪用した侵入シナリオを評価します。
- 具体例:
- 公開されているWebサーバーの古いバージョンのソフトウェアの脆弱性を利用してサーバーのシェルを奪取し、そこを踏み台として内部ネットワークをスキャンする。
- リモートワーク用に開放されているVPNゲートウェイの認証を突破し、社内ネットワークにアクセスする。
内部(社内ネットワークから)のテスト
外部からのテストが「玄関の鍵」の強度を試すものだとすれば、内部からのテストは「家の中に侵入された後、金庫までたどり着けるか」を試すものです。すでに何らかの形で社内ネットワークへの侵入を許してしまった、あるいは悪意のある内部者がいる、という性悪説のシナリオを前提として実施します。
- 主な対象:
- 社内ファイルサーバー、データベースサーバー、基幹システム
- Active Directoryなどの認証基盤
- クライアントPC、複合機
- 目的:
- マルウェアに感染した一台のPCから、ネットワーク内の他の重要なサーバーへ被害が拡大(ラテラルムーブメント)するかを検証します。
- 一般社員のアカウント権限で、本来アクセスできないはずの機密情報や役員情報にアクセスできるか(権限昇格)を評価します。
- 社内ネットワークのセグメンテーション(部署ごとのネットワーク分割)が適切に機能しているかを確認します。
- 具体例:
- 営業部門のPCにマルウェアが感染したと仮定し、そのPCから経理部門の会計サーバーにアクセスを試みる。
- 一般社員のIDとパスワードを使い、Active Directoryの設定不備を利用してドメイン管理者権限を奪取する。
Webアプリケーションのテスト
ECサイト、金融機関のオンラインバンキング、SaaS型の業務システムなど、ビジネスの根幹をなすWebアプリケーションを対象としたテストです。
- 主な対象:
- オンラインショッピングサイト
- インターネットバンキングシステム
- 顧客管理(CRM)や営業支援(SFA)などのWebベースの業務システム
- Web API
- 目的:
- OWASP Top 10に代表されるような、Webアプリケーション特有の脆弱性(SQLインジェクション、クロスサイトスクリプティング(XSS)、認証・認可の不備など)を悪用できるかを検証します。
- 他人のアカウントになりすまして不正な操作を行ったり、データベースに保存されている個人情報や決済情報を窃取したりすることが可能かを評価します。
- 具体例:
- 商品の検索ボックスに不正なSQL文を入力し、データベースから全顧客の氏名と住所リストを抜き出す(SQLインジェクション)。
- 掲示板に悪意のあるスクリプトを書き込み、そのページを閲覧した他のユーザーのクッキー情報を盗んで、そのユーザーになりすます(クロスサイトスクリプティング)。
スマートフォンアプリのテスト
金融、ゲーム、SNS、ヘルスケアなど、あらゆる分野で利用が拡大しているスマートフォンアプリ(iOS/Android)も、重要なテスト対象です。
- 主な対象:
- 自社で開発・提供しているネイティブアプリ、ハイブリッドアプリ
- 目的:
- アプリとサーバー間の通信が暗号化されておらず、通信内容の盗聴や改ざんが可能かを検証します(中間者攻撃)。
- アプリ内にパスワードやAPIキーなどの重要な情報が平文で保存されていないか(ハードコーディング)、端末内のデータが不正に抜き取られる危険性はないかを評価します。
- アプリのリバースエンジニアリング(解析)によって、ロジックの脆弱性や隠された機能が悪用されないかを確認します。
- 具体例:
- カフェのフリーWi-Fiになりすました偽のアクセスポイントを設置し、アプリ利用者のログインIDとパスワードを盗聴する。
- アプリの実行ファイルを解析し、サーバーと通信するためのAPIキーを不正に取得して、サーバーに直接リクエストを送信する。
IoT機器のテスト
ネットワークカメラ、スマートロック、工場の生産ラインを制御する産業用機械(ICS)、医療機器など、インターネットに接続されたIoT機器もペネトレーションテストの対象となります。
- 主な対象:
- スマート家電(テレビ、冷蔵庫など)
- ネットワークカメラ、スマートスピーカー
- 産業用制御システム(ICS)、ビル管理システム(BMS)
- コネクテッドカー
- 目的:
- 初期設定のままの安易なパスワードでログインできるか、ファームウェアに既知の脆弱性が存在しないかを検証します。
- IoT機器を乗っ取り、盗聴や監視、不正操作が可能かを評価します。
- 乗っ取ったIoT機器を踏み台として、他のシステムへの攻撃(例:DDoS攻撃のボットとして悪用)が可能かを確認します。
- 具体例:
- インターネット上に公開されているネットワークカメラにデフォルトのパスワードでログインし、室内の映像を盗み見る。
- 工場の制御システムの脆弱性を突き、生産ラインを意図的に停止させる。
ペネトレーションテストの実施フロー4ステップ
ペネトレーションテストは、思いつきで始められるものではありません。安全かつ効果的にテストを実施するためには、発注者と実施者が綿密に連携し、計画的に進める必要があります。ここでは、一般的なペネトレーションテストの実施フローを4つのステップに分けて解説します。
① 計画策定とゴールの設定
テストの成否を分ける最も重要なフェーズです。ここで目的や範囲が曖昧だと、期待した成果が得られなかったり、予期せぬトラブルに繋がったりする可能性があります。
- 目的とゴールの明確化:
まず、「なぜペネトレーションテストを行うのか」という目的を明確にします。「外部からの侵入耐性を評価したい」「内部不正のリスクを把握したい」「新サービスの安全性を確認したい」など、具体的な目的を定めます。その上で、「何を達成できたら『侵入成功』とみなすか」というゴール(フラグ)を設定します。例えば、「役員が使用するファイルサーバーに保存された機密ファイルを入手する」「Webサイトのトップページを改ざんする」「データベースから個人情報を1件以上抜き出す」といった具体的な目標です。このゴールが、テストの方向性を決める羅針盤となります。 - 対象範囲(スコープ)の定義:
テストを行ってよいシステムの範囲を厳密に定義します。IPアドレスのリスト、ドメイン名、URLなどを明確にし、スコープ外のシステムを絶対に攻撃しないよう、書面で合意します。特に、他社が管理するクラウドサービスやホスティングサービス上でシステムが稼働している場合、それらの事業者に事前連絡し、テスト実施の許可を得る必要があります。 - 手法とルールの決定:
前述のブラックボックス、ホワイトボックス、グレーボックスから、目的に合った手法を選択します。また、テストを実施してよい時間帯(例:業務影響の少ない深夜帯のみ)、禁止事項(例:サービスの停止に繋がるDoS攻撃は行わない)、緊急時の連絡体制などを詳細に定めた「テスト計画書」を作成します。
② 情報収集と分析
計画策定が終わると、テスト担当者は実際の攻撃準備に入ります。このフェーズは、特にブラックボックステストにおいて重要な意味を持ちます。
- オープンソース・インテリジェンス(OSINT):
攻撃者は、まず標的について徹底的に情報を集めます。テスト担当者も同様に、検索エンジン、SNS、過去のプレスリリース、求人情報、ドメイン登録情報(Whois)など、インターネット上で公開されているあらゆる情報を駆使して、対象企業の組織構造、技術スタック、従業員情報などを収集します。 - 技術的な情報収集(フットプリンティング、スキャニング):
次に、対象のIPアドレス範囲に対してポートスキャンなどを行い、どのようなサーバーが稼働し、どのようなサービス(Web、メール、DNSなど)が動いているかを特定します。また、サービスの応答(バナー情報)などから、OSやミドルウェアの種類、バージョン情報を収集し、既知の脆弱性が存在しないかあたりをつけます。 - 脆弱性の分析:
収集した情報を総合的に分析し、攻撃の糸口となりそうな弱点、つまり「攻撃仮説」を複数立案します。「このバージョンのApacheには既知の脆弱性があるから、ここから侵入できるかもしれない」「このログイン画面は総当たり攻撃に弱そうだ」といった仮説を立て、次のステップである侵入テストの計画を練ります。
③ 侵入テストの実施
いよいよ、攻撃をシミュレートするメインフェーズです。テスト担当者は、②で立てた仮説に基づき、実際にシステムへの侵入を試みます。
- 脆弱性の悪用(Exploitation):
分析フェーズで特定した脆弱性候補に対して、Metasploitなどの攻撃ツールや自作のスクリプトを用いて、実際に攻撃コードを実行します。これにより、サーバーの制御を奪ったり、認証を回避したりすることを目指します。 - 侵入後の活動(Post-Exploitation):
最初の侵入に成功した場合、テストはそこで終わりません。ここからがペネトレーションテストの真骨頂です。- 権限昇格: 奪取した一般ユーザー権限から、システムのroot権限やドメイン管理者権限など、より強力な権限を手に入れることを試みます。
- 内部偵察: 侵入したサーバーを踏み台にして、内部ネットワークの構造を調査し、他の重要なサーバー(データベースサーバー、ファイルサーバーなど)を発見します。
- 横展開(ラテラルムーブメント): 内部の他のサーバーへ次々と侵入を拡大していきます。
- 目的の達成: 最終的に、①で設定したゴール(機密情報の窃取など)の達成を目指します。
テスト担当者は、実施したすべての操作を時刻とともに詳細に記録し、証拠としてスクリーンショットやログを取得します。これにより、報告書の信頼性を高め、再現性を確保します。
④ 報告と改善提案
テストが完了したら、その結果をまとめて依頼者に報告します。報告は、単なる結果の羅列であってはなりません。
- 報告書の作成:
テストの結果は、詳細な報告書としてドキュメント化されます。一般的に、以下の内容が含まれます。- エグゼクティブサマリー: 経営層向けに、テストの概要、発見された最も重大なリスク、ビジネスへの影響、推奨される対策の方向性などを簡潔にまとめたもの。
- テクニカルレポート: 技術担当者向けに、実施したテストの詳細、成功した攻撃シナリオの時系列での解説、発見された個々の脆弱性の技術的な内容、再現手順、取得した証拠、そして具体的な修正方法などを詳細に記述したもの。
- 報告会の実施:
報告書の内容を元に、テスト担当者が依頼者に対して直接説明を行う報告会が開催されます。ここでは、報告書だけでは伝わりにくいニュアンスや、質疑応答を通じて、発見されたリスクの深刻度と、とるべき対策の優先順位について、双方の認識を合わせます。 - 改善提案とアフターフォロー:
優れたペネトレーションテストサービスは、「発見して終わり」ではなく、その後の改善まで見据えた提案を行います。技術的な対策だけでなく、セキュリティポリシーの見直し、従業員への教育、監視体制の強化といった、組織的・運用的な対策についても助言します。また、対策実施後に、その有効性を確認するための「再テスト」をオプションとして提供している場合もあります。
ペネトレーションテストの費用相場
ペネトレーションテストの導入を検討する上で、最も気になる点の一つが費用でしょう。ペネトレーションテストは、専門家の高度なスキルと多くの工数を要するため、決して安価ではありません。費用は案件ごとに個別見積もりとなるのが一般的ですが、ここでは費用を決定する主な要素と、大まかな価格帯の目安について解説します。
費用を決定する主な要素
ペネトレーションテストの費用は、様々な要因によって変動します。見積もりを依頼する際は、これらの要素を自社で整理しておくとスムーズです。
- 対象の規模と複雑さ(スコープ):
最も大きな価格変動要因です。テスト対象となるIPアドレスの数、Webアプリケーションの画面数や機能数、システムのアーキテクチャの複雑さなどに比例して、調査・分析・テストにかかる工数が増えるため、費用は高くなります。シンプルなコーポレートサイトと、多数の機能を持つ金融システムとでは、費用が桁違いになることもあります。 - テストの期間と工数:
テスターが何人(人月)で、何日間テストに取り組むかによって費用が決まります。より深く、広範なテストを求めるほど、期間と工数が必要になり、費用は増加します。 - テストの手法(ブラック/ホワイト/グレー):
一般的に、ゼロから情報を収集する必要があるブラックボックステストは工数がかかり高価になる傾向があります。一方、内部情報が提供され、効率的に進められるホワイトボックステストは比較的安価に抑えられます。グレーボックステストはその中間となります。 - テストの深度:
どこまで深く侵入を試みるか、シナリオの複雑さによっても費用は変わります。単に侵入できるかを確認するだけなのか、それとも侵入後に内部でどこまで活動できるか(ラテラルムーブメント)まで徹底的に検証するのかで、必要な工数が大きく異なります。 - 報告書の粒度と付帯サービス:
報告書にどこまでの詳細さを求めるか、報告会の回数や形式、質問対応などのアフターサポートの有無、対策後の再テストの実施なども費用に影響します。経営層向けのコンサルティング要素が強いほど、高価になる傾向があります。 - 特殊なテストの有無:
ソーシャルエンジニアリング(標的型攻撃メールなど)、物理的な侵入テスト、IoT機器や制御システム(ICS)といった特殊な対象のテストは、専門的なスキルや機材が必要となるため、追加料金となるのが一般的です。
具体的な費用感の目安
上記の要素によって大きく変動するため、一概に言うことは非常に難しいですが、一般的な相場観として以下の目安が挙げられます。
対象の規模 | 費用の目安 | 主な内容 |
---|---|---|
小規模 | 100万円 〜 300万円 | 単一のWebアプリケーション、数個のサーバー、小規模なネットワークなど。比較的シンプルなシナリオでのテスト。 |
中規模 | 300万円 〜 800万円 | 複数のWebアプリケーションやサーバー群、ある程度の規模を持つ社内ネットワークなど。複数のシナリオを想定したテスト。 |
大規模・複雑 | 800万円 〜 数千万円以上 | 基幹システム、金融システム、大規模なクラウド環境、複数の国内外拠点を持つネットワークなど。複雑なシナリオ、ソーシャルエンジニアリング等を含む総合的なテスト。 |
これらの金額はあくまで一般的な目安です。 安価なサービスでは、実質的にはツールによる脆弱性診断に近く、専門家の手動によるテストがごく一部というケースもあります。逆に、高額なサービスでは、世界トップクラスのハッカーによる高度な分析や、経営層への詳細なコンサルティングが含まれることもあります。
重要なのは、価格だけで判断せず、見積もりの内訳を詳細に確認し、自社の目的と予算に合ったサービスを選択することです。複数の事業者から相見積もりを取り、サービス内容と価格のバランスを比較検討することを強く推奨します。
ペネトレーションテストを依頼する会社の選び方
ペネトレーションテストの品質は、実施する会社と担当するテスターの能力に大きく依存します。安易に価格だけで選んでしまうと、期待した効果が得られないばかりか、表面的なテストで満足してしまい、潜在的なリスクを見過ごすことにもなりかねません。ここでは、信頼できる会社を選ぶための3つの重要なポイントを解説します。
高い技術力と豊富な実績があるか
ペネトレーションテストは「人が行う」サービスであるため、何よりもまず、それを実施する専門家(ホワイトハッカー)の技術力が最も重要です。
- テスターのスキルレベルを確認する:
会社のウェブサイトや資料で、どのようなスキルを持った人材が在籍しているかを確認しましょう。判断材料として、以下のような点が挙げられます。- CTF(Capture The Flag)等の競技実績: CTFは、ハッキングの技術を競う世界的な競技会です。DEF CON CTF、CODE BLUE CTFといった著名な大会での入賞実績は、非常に高い技術力の証となります。
- 脆弱性の発見・報告実績: CVE(共通脆弱性識別子)の採番実績や、大手ソフトウェアベンダー(Microsoft, Google, Appleなど)の脆弱性報奨金制度(バグバウンティ)での表彰歴なども、技術力を客観的に示す指標です。
- 国際的なセキュリティカンファレンスでの登壇歴: Black Hat、DEF CON、CODE BLUEなどの国際会議で研究成果を発表していることは、業界の最前線で活躍している証です。
- 保有資格: 後述するOSCP、GPEN、CEHといった難易度の高い専門資格を保有しているかも参考になります。
- 実績の豊富さと専門分野を確認する:
これまでのペネトレーションテストの実績が豊富かどうかも重要です。特に、自社と同じ業種(金融、製造、医療など)や、テストしたい対象(Webアプリ、IoT、クラウドなど)に関する実績が豊富であれば、業界特有のリスクやシステム構成を深く理解した上で、効果的なテストを期待できます。特定の分野に強みを持つ専門特化型の会社もあれば、幅広い領域をカバーする総合的な会社もあります。自社のニーズに合った会社を選びましょう。
見積もりの内容が分かりやすく適切か
技術力と並んで重要なのが、提案内容と見積もりの透明性です。ここが不誠実な会社は避けるべきです。
- 見積もりの内訳が明確か:
「ペネトレーションテスト一式」といった大雑把な見積もりではなく、「計画策定」「情報収集」「侵入テスト」「報告書作成」といった工程ごとに、どのような作業にどれくらいの工数(人日)がかかるのかが明記されているかを確認しましょう。何にいくらかかっているのかが分からない見積もりは信頼できません。 - 前提条件やスコープが具体的に記載されているか:
テストの目的、ゴール、対象範囲(スコア)、手法、ルールなどが、双方の認識に齟齬がないよう具体的に記載されていることが重要です。この部分が曖昧だと、後で「それはテスト範囲外だ」「そこまでやる想定ではなかった」といったトラブルに繋がります。 - 価格の妥当性を判断する:
複数の会社から相見積もりを取ることで、価格の妥当性を判断しやすくなります。極端に安い見積もりには注意が必要です。安さの裏には、経験の浅いテスターが担当する、自動ツールに頼りきりで手動での深い分析が少ない、報告書が簡易的である、といった理由が隠れている可能性があります。価格とサービス内容のバランスを慎重に見極めましょう。
テスト後のサポート体制は整っているか
ペネトレーションテストは、報告書を受け取って終わりではありません。その結果を元に、いかにしてセキュリティを改善していくかが最も重要です。
- 報告会での説明は分かりやすいか:
報告会で、専門用語を並べるだけでなく、発見されたリスクがビジネスにどのような影響を与えるのかを、経営層や非技術者にも理解できるように説明してくれるかは非常に重要なポイントです。優れた会社は、コミュニケーション能力にも長けています。 - 質疑応答や改善相談に対応してくれるか:
報告書の内容について不明な点があった場合に、気軽に質問できる体制が整っているかを確認しましょう。また、検出された脆弱性の修正方法について、技術的なアドバイスをもらえるかどうかも重要です。「報告して終わり」ではなく、改善に向けて伴走してくれる姿勢がある会社を選びましょう。 - 再テストの提供があるか:
指摘された脆弱性に対して対策を施した後、その対策が本当に有効であるかを確認するための「再テスト」を、オプションとしてでも提供している会社は信頼性が高いと言えます。対策の有効性を確認することで、PDCAサイクルを回し、継続的なセキュリティレベルの向上に繋がります。
おすすめのペネトレーションテストサービス7選
ここでは、国内で高い評価と実績を持つ、代表的なペネトレーションテストサービス提供会社を7社紹介します。各社それぞれに強みや特徴があるため、自社のニーズに合わせて比較検討する際の参考にしてください。なお、掲載順は順位を示すものではありません。
① GMOサイバーセキュリティ byイエラエ
GMOインターネットグループの一員であるGMOサイバーセキュリティ byイエラエは、世界トップクラスのホワイトハッカーが多数在籍する、技術力に定評のある会社です。DEF CON CTFを始めとする数々の国際的なハッキングコンテストで輝かしい実績を誇り、その高度な技術力を活かした高品質な手動テストが最大の強みです。Webアプリケーションやスマートフォンアプリはもちろん、IoT機器、自動車(コネクテッドカー)、ブロックチェーンなど、最先端かつ幅広い領域に対応可能です。「最高の技術を、すべての企業に」をミッションに掲げ、高難易度のテストを求める企業から絶大な信頼を得ています。
(参照:GMOサイバーセキュリティ byイエラエ 公式サイト)
② 株式会社SHIFT SECURITY
ソフトウェアの品質保証・テスト事業で知られる株式会社SHIFTのグループ会社です。「売れるサービスには、安心・安全が不可欠である」という思想のもと、品質保証の観点からセキュリティサービスを提供しています。診断サービスだけでなく、開発の上流工程からセキュリティを組み込む「シフトレフト」の支援や、診断の内製化支援コンサルティングなども手掛けているのが特徴です。コストパフォーマンスを意識したサービス設計で、幅広い企業が利用しやすい体制を整えています。
(参照:株式会社SHIFT SECURITY 公式サイト)
③ NRIセキュアテクノロジーズ株式会社
野村総合研究所(NRI)グループのセキュリティ専門企業として、長年の歴史と豊富な実績を誇ります。特に金融機関をはじめとする、高いセキュリティレベルが求められる業界へのサービス提供実績が多数あります。ペネトレーションテストはもちろん、コンサルティング、SOC(Security Operation Center)運用、セキュリティ教育まで、企業のセキュリティ対策をトータルで支援する総合力が強みです。大規模でミッションクリティカルなシステムの診断において、豊富な知見と安定したサービス品質を提供しています。
(参照:NRIセキュアテクノロジーズ株式会社 公式サイト)
④ 株式会社ラック
日本のセキュリティ業界のパイオニア的存在であり、国内最大級のセキュリティ監視センター「JSOC」や、サイバー救急センターの運営で広く知られています。長年にわたる膨大なインシデント対応経験から得られた、実際の攻撃手法や攻撃者の動向に関する知見を活かした、極めて実践的なペネトレーションテストが特徴です。攻撃者の思考を深く理解した専門家が、現実的な脅威シナリオに基づいたテストを実施します。
(参照:株式会社ラック 公式サイト)
⑤ MBSD株式会社
三井物産セキュアディレクション株式会社(MBSD)は、三井物産グループのセキュリティ企業として、診断、コンサルティング、インシデント対応、マネージドセキュリティサービス(MSS)などを幅広く提供しています。特にWebアプリケーション診断の分野で長年の実績と深い知見を持っています。診断ツールの自社開発も行っており、ツールと専門家による手動診断を効果的に組み合わせた、効率的かつ高品質なサービスが特徴です。
(参照:MBSD株式会社 公式サイト)
⑥ 株式会社スプラウト
少数精鋭の高度な技術を持つハッカーチームによって、高品質なセキュリティサービスを提供している専門企業です。Webアプリケーションやプラットフォーム(AWS, Azure, GCPなど)の診断に強みを持ち、技術力の高さを求める顧客から特に評価されています。 大手企業や先進的なWebサービス企業からの依頼も多く、複雑なシステムや最新の技術要素に対する深い知見を活かした診断が可能です。
(参照:株式会社スプラウト 公式サイト)
⑦ 株式会社セキュアイノベーション
診断サービスに特化することで、高品質ながらもコストを抑えたサービス提供を実現している会社です。ツール診断と手動診断をバランス良く組み合わせ、顧客の予算やニーズに応じた柔軟なプランを提案しています。特に中小企業やスタートアップなど、セキュリティに大きな予算を割くのが難しい企業でも導入しやすい価格設定が魅力です。分かりやすい報告書と丁寧なサポートにも定評があります。
(参照:株式会社セキュアイノベーション 公式サイト)
ペネトレーションテスト実施前の注意点
ペネトレーションテストを成功させるためには、テストを依頼する企業側の準備も不可欠です。効果的かつ安全にテストを進めるために、実施前に以下の3つの点に注意しましょう。
テストの目的とゴールを明確にする
前述の通り、これは最も重要な準備です。「何となくセキュリティが不安だから」という漠然とした動機でテストを依頼しても、焦点がぼやけてしまい、期待した成果は得られません。
- 守りたいものは何か?:顧客の個人情報、独自の技術情報、決済システムなど、自社にとって最も守るべき情報資産は何かを特定します。
- 明らかにしたいことは何か?:外部から社内ネットワークに侵入される経路を知りたいのか、Webサイトの改ざんが可能かを知りたいのか、内部不正のリスクを評価したいのか、テストによって明らかにしたい疑問を具体化します。
「当社の最重要資産である〇〇データベースの情報が、外部からの攻撃によって窃取可能かどうかを検証する」 といったレベルまで目的とゴールを明確にすることで、テスト実施会社もそれに沿った最適なテスト計画を立案できます。
テストの対象範囲を正確に定義する
テストの対象範囲(スコープ)の定義は、テストの有効性と安全性に直結します。
- スコープの正確なリストアップ: テスト対象とするIPアドレス、ドメイン名、サーバー、アプリケーションなどを、漏れなく正確にリスト化し、テスト実施会社と共有します。逆に、テスト対象外のシステムも明確にし、絶対に攻撃しないように申し伝えます。特に本番環境と開発環境を間違えるといったミスは、重大なビジネスインパクトに繋がるため、細心の注意が必要です。
- 関係各所への事前許可: テスト対象のシステムが、自社だけでなく、データセンター事業者、クラウドベンダー(AWS, Azure, GCPなど)、SaaS事業者などが関わっている場合、必ずそれらの事業者の利用規約を確認し、定められた手順に従ってテスト実施の申請と許可を得る必要があります。無断でテストを行うと、契約違反となり、サービスの利用停止などのペナルティを受ける可能性があります。
関係各所との連携体制を構築する
ペネトレーションテストは、情報システム部門だけで完結するものではありません。社内外の関係者と事前に連携し、スムーズな実施体制を整えることが重要です。
- 社内関連部署への周知: 法務部門、広報部門、経営層など、関連する部署にテストの実施計画(目的、期間、想定される影響など)を事前に共有し、理解を得ておきましょう。万が一、テスト中にインシデントが発生した場合の報告体制も決めておきます。
- 監視チームとの連携: 自社や委託先でSOC(Security Operation Center)や監視チームが稼働している場合、彼らにテストの実施日時と送信元IPアドレスを事前に伝えておく必要があります。これを怠ると、テストによるアクセスが本物の攻撃と誤認され、不要なアラート対応で現場が混乱したり、テスト用のIPアドレスがブロックされてテストが続行できなくなったりする事態に陥ります。テスト中は、監視チームと密に連携し、異常が検知された際にそれがテストによるものか、本物の攻撃かを切り分けられるようにしておくことが望ましいです。
ペネトレーションテストに関連する資格
ペネトレーションテストを依頼する際、実施する会社の技術力を測るための一つの指標として、テスターが保有する国際的なセキュリティ資格があります。ここでは、業界で特に評価の高い代表的な資格を3つ紹介します。
認定ホワイトハッカー(CEH)
- 正式名称: Certified Ethical Hacker
- 提供元: EC-Council (The International Council of E-Commerce Consultants)
CEHは、ホワイトハッカー(エシカルハッカー)としての知識とスキルを証明する、世界的に最も知名度の高い資格の一つです。この資格の特徴は、「攻撃者の思考を理解する」ことに重点を置いている点です。攻撃者が使用するツールやテクニック、攻撃手法を体系的に学習し、それらを防御の観点からどのように活かすかを問われます。ペネトレーションテストだけでなく、セキュリティ全般に関する幅広い知識が求められ、ホワイトハッカーとしての倫理観も重視されます。
GIAC Penetration Tester(GPEN)
- 正式名称: GIAC Penetration Tester
- 提供元: SANS Institute (GIAC: Global Information Assurance Certification)
GPENは、セキュリティトレーニングで世界的に有名なSANS Instituteが提供する、ペネトレーションテストに特化した実践的な資格です。テストのプロセス(計画、偵察、スキャン、攻撃、報告)全体にわたる詳細な知識とスキルが問われます。特に、実際の侵入テストで直面するであろう技術的な課題を解決する能力が試されるため、資格保有者は即戦力としてのスキルを持っていると評価されます。よりハンズオンに近い、実務的な能力を証明する資格として認知されています。
Offensive Security Certified Professional(OSCP)
- 正式名称: Offensive Security Certified Professional
- 提供元: Offensive Security
OSCPは、ペネトレーションテスト関連の資格の中で、最も実践的で難易度が高い資格の一つとして知られています。この資格の最大の特徴は、完全に実技ベースの試験であることです。受験者は、24時間という制限時間内に、仮想ネットワーク上に用意された複数のサーバーに自力で侵入し、権限を奪取して、その証拠を詳細なレポートにまとめて提出することが求められます。マニュアルは提供されず、「Try Harder!(もっと頑張れ!)」という精神のもと、自らの力で脆弱性を見つけ出し、攻撃を成功させなければなりません。そのため、OSCPの保有者は、極めて高い実践的なハッキングスキルと忍耐力を持つ専門家として、業界で非常に高く評価されます。
まとめ
本記事では、ペネトレーションテストについて、その基本概念から脆弱性診断との違い、具体的な手法、費用、依頼先の選び方まで、幅広く掘り下げて解説しました。
最後に、重要なポイントを改めて整理します。
- ペネトレーションテストは、単に脆弱性を探すだけでなく、攻撃者の視点で実際に侵入を試み、攻撃シナリオが成立するかを実証することで、システムの真のリスクを評価する実践的な手法です。
- 「網羅的な健康診断」に例えられる脆弱性診断に対し、ペネトレーションテストは「実戦的な模擬戦闘」であり、両者は目的が異なります。システムの特性や評価したい内容に応じて、両者を適切に使い分ける、あるいは組み合わせることが重要です。
- テストの成功は、「何を守りたいのか」という明確な目的設定、高い技術力と信頼性を持つベンダーの選定、そして社内外の関係各所との綿密な事前調整にかかっています。
- サイバー攻撃が巧妙化し、DXによって攻撃対象領域が拡大し続ける現代において、自社のセキュリティ対策が本当に有効に機能しているかを客観的に評価し、ビジネスに潜む真のリスクを把握するために、ペネトレーションテストの重要性はますます高まっています。
本記事が、皆様のサイバーセキュリティ体制強化の一助となれば幸いです。まずは自社の状況を整理し、信頼できるパートナーに相談することから始めてみてはいかがでしょうか。