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ITストラテジスト試験の難易度とは?合格率や勉強方法を解説

ITストラテジスト試験の難易度とは?、合格率や勉強方法を解説

現代のビジネス環境において、ITは単なる業務効率化のツールではなく、企業の競争力を左右する経営戦略そのものとなっています。デジタルトランスフォーメーション(DX)の波が加速する中、経営視点を持ってIT戦略を立案・実行できる専門家の需要は、かつてないほど高まっています。

このような背景から注目を集めているのが、情報処理技術者試験の中でも最高峰に位置づけられる国家資格「ITストラテジスト」です。この資格は、企業のIT戦略を策定し、ビジネスの成功を導く「軍師」としての能力を証明するものであり、取得者には高い評価と多くのキャリアチャンスがもたらされます。

しかし、その価値の高さに比例して、試験の難易度は極めて高く、合格率は例年15%前後という狭き門です。そのため、多くの受験希望者が「具体的にどのような試験なのか」「どうすれば合格できるのか」といった疑問や不安を抱えています。

本記事では、ITストラテジストという資格の全貌を明らかにするため、その仕事内容や役割から、試験の具体的な難易度、合格率、勉強方法、年収の目安まで、あらゆる情報を網羅的に解説します。これからITストラテジストを目指す方はもちろん、キャリアアップの選択肢として興味を持っている方にも、必ず役立つ情報を提供します。

ITストラテジストとは

ITストラテジストとは

ITストラテジストは、企業の経営戦略に基づいて、ITを活用した事業戦略やビジネスモデルの策定を主導する専門家です。単にIT技術に詳しいだけでなく、経営者の視点でビジネス全体の課題を捉え、ITをいかにして競争優位性の確立や新たな価値創造に結びつけるかを構想する、「超上流工程」を担う戦略家としての役割が求められます。

ITストラテジストの仕事内容と役割

ITストラテジストの仕事は多岐にわたりますが、その中核は経営戦略とIT戦略をシームレスに連携させることです。彼らは、経営層や事業部門の責任者と密にコミュニケーションを取りながら、事業環境の分析、新たなビジネスモデルの提案、そしてそれを実現するためのIT戦略の立案と実行推進を担います。

具体的な仕事内容としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 事業環境・事業内容の分析: 市場動向、競合他社の状況、自社の強み・弱み(SWOT分析など)を分析し、ビジネス上の課題や機会を特定します。
  • ITを活用した事業戦略の策定: 特定した課題や機会に対し、AI、IoT、ビッグデータといった最新技術をどのように活用すれば解決・実現できるかを考え、具体的な事業戦略として提案します。
  • ビジネスモデルの変革・創出: 既存のビジネスモデルを見直し、ITを活用してより高付加価値なモデルへと変革したり、全く新しいビジネスモデルを創出したりします。例えば、製造業において、製品を売るだけでなく、センサーを取り付けた製品から得られるデータを活用して保守サービスを提供する「リカーリングモデル」への転換を主導する、といった役割です。
  • 情報システム戦略・全体システム化計画の策定: 事業戦略を実現するために、どのような情報システムが必要か、その全体像(アーキテクチャ)や導入計画、投資計画を策定します。
  • IT戦略のモニタリングと評価: 策定した戦略が計画通りに進んでいるか、期待した効果が出ているかを継続的に監視・評価し、必要に応じて軌道修正を行います。

このように、ITストラテジストは、企業の未来を左右する重要な意思決定に深く関与します。彼らは経営者にとっては事業の成功を共に目指すパートナーであり、IT部門にとっては進むべき方向性を示す羅針盤のような存在です。両者の間に立ち、専門用語の壁を越えて円滑なコミュニケーションを促す「橋渡し役」としての役割も非常に重要です。

ITストラテジストに求められるスキル

ITストラテジストとして活躍するためには、特定の技術スキルだけでなく、ビジネスとITを横断する高度で複合的なスキルセットが不可欠です。主に以下のスキルが求められます。

  1. 経営戦略に関する深い知識: 企業の経営課題を正しく理解するためには、経営学の知識が欠かせません。3C分析、SWOT分析、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)、バリューチェーン分析といった経営戦略フレームワークを駆使し、客観的な分析を行う能力が必要です。財務諸表を読み解き、投資対効果(ROI)を算出する会計・財務の知識も求められます。
  2. ITに関する広範かつ最新の知識: 特定のプログラミング言語や製品に精通していること以上に、アーキテクチャ、ネットワーク、セキュリティ、クラウド、AI、データサイエンスなど、IT全般に関する幅広い知識が重要です。技術のトレンドを常に把握し、それぞれの技術がビジネスにどのようなインパクトをもたらす可能性があるかを評価できなければなりません。
  3. 高度なコンサルティング能力: 経営者や事業部門長が抱える漠然とした課題や要望をヒアリングし、問題の本質を特定する課題発見・分析能力。そして、その解決策を論理的に組み立て、説得力のある形で提示する提案・プレゼンテーション能力が求められます。
  4. 卓越したコミュニケーション能力: 企業のトップマネジメントから現場の担当者まで、さまざまな立場の人々と円滑に意思疎通を図る能力は、ITストラテジストの生命線です。経営層には専門用語を避け、ビジネスの言葉で語り、IT部門には戦略の意図を技術的な文脈で正確に伝えるといった、相手に応じた柔軟なコミュニケーションが不可欠です。
  5. プロジェクトマネジメントの素養: 策定した戦略は、絵に描いた餅で終わらせては意味がありません。戦略を具体的なプロジェクトに落とし込み、その実行を監督・推進していく能力も重要です。プロジェクトマネージャと密に連携し、戦略の実現を最後まで見届ける責任感を持ちます。

これらのスキルは一朝一夕に身につくものではなく、実務経験と継続的な学習を通じて磨かれていくものです。ITストラテジスト試験は、これらの複合的な能力を保有していることを客観的に証明する、極めて価値の高い資格と言えます。

ITストラテジストの将来性

ITストラテジストの将来性は、極めて明るいと言って間違いないでしょう。その理由は、あらゆる企業にとってデジタルトランスフォーメーション(DX)が避けて通れない経営課題となっているからです。

経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」、つまり既存のレガシーシステムがブラックボックス化し、ビジネスの足かせとなる問題への対応は急務です。この課題を克服し、デジタル技術を活用して新たなビジネス価値を創造していくためには、まさしくITストラテジストのような、経営とITの両面から企業全体を俯瞰し、変革をリードできる人材が不可欠なのです。

AIやIoTといった技術が進化すればするほど、それを「どのようにビジネスに活かすか」という戦略立案の重要性は増していきます。技術はあくまで手段であり、その活用法を考える戦略家がいなければ宝の持ち腐れとなってしまいます。

キャリアパスとしても、ITストラテジストは非常に魅力的な選択肢です。企業内では、情報システム部門やDX推進部門のリーダー、経営企画室の幹部候補として重用されるでしょう。最終的には、企業のIT戦略の最高責任者であるCIO(Chief Information Officer)や、DX推進の最高責任者であるCDO(Chief Digital Officer)といった役員クラスへの道も拓けます。また、その高度な専門性を活かしてITコンサルティングファームで活躍したり、独立してフリーのIT戦略コンサルタントとして活動したりすることも十分に可能です。

このように、ITストラテジストは、DX時代における企業の成長を牽引するキーパーソンであり、その需要と価値は今後ますます高まっていくことが確実視されています。

ITストラテジスト試験の難易度と合格率

ITストラテジスト試験は、その価値の高さに比例して、情報処理技術者試験の中でも屈指の難易度を誇ります。ここでは、具体的な合格率のデータと、難易度を示すスキルレベルについて詳しく解説します。

合格率は例年15%前後で推移

ITストラテジスト試験の難しさを最も端的に表しているのが、その低い合格率です。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公表しているデータによると、合格率は例年14%〜15%台で推移しており、受験者のうち約7人に1人しか合格できない計算になります。

実施年度 応募者数 受験者数 合格者数 合格率
令和5年度秋期 9,076人 5,618人 884人 15.7%
令和4年度秋期 8,633人 5,270人 800人 15.2%
令和3年度秋期 7,613人 4,554人 689人 15.1%
令和元年度秋期 9,197人 5,603人 856人 15.3%
平成30年度秋期 9,197人 5,744人 832人 14.5%
参照:情報処理推進機構(IPA)統計情報

この表を見ると、毎年多くの人が挑戦するものの、そのほとんどが不合格となっている厳しい現実が分かります。

この合格率の低さには、いくつかの理由が考えられます。

第一に、受験者のレベルが元々高いことです。ITストラテジスト試験は、IT業界で十分な実務経験を積んだエンジニアやコンサルタント、管理職などがキャリアアップを目指して受験するケースがほとんどです。そのようなハイレベルな受験者層をもってしても、合格率が15%程度に留まるという事実は、試験そのものの難易度の高さを物語っています。

第二に、試験形式の多様性と厳しさです。試験は午前Ⅰ(多肢選択式)、午前Ⅱ(多肢選択式)、午後Ⅰ(記述式)、午後Ⅱ(論文式)の4つのパートに分かれており、それぞれに合格基準点が設けられています。一つでも基準点を下回ると、他のパートで高得点を取っていても不合格となる「足切り」方式が採用されています。

特に、午後Ⅱの論文式試験が最大の関門と言われています。単に知識を問うだけでなく、自身の経験に基づいて、与えられたテーマについて2時間で3,000字程度の論理的な文章を構成し、手書きで記述する能力が求められます。この論文試験の評価がA〜Dの4段階で、「A評価」でなければ合格できないため、多くの受験者がここで涙をのむことになります。

IT系の国家資格で最難関レベル(スキルレベル4)

情報処理技術者試験は、その専門性や難易度に応じて、共通キャリア・スキルフレームワーク(CCSF)に基づいたスキルレベル1から4までの段階に分類されています。

  • スキルレベル1: ITパスポート試験
  • スキルレベル2: 基本情報技術者試験、情報セキュリティマネジメント試験
  • スキルレベル3: 応用情報技術者試験
  • スキルレベル4: ITストラテジスト、プロジェクトマネージャ、システムアーキテクトなど9つの高度試験

ITストラテジスト試験は、この中で最高の難易度である「スキルレベル4」に位置づけられています。これは、IT人材として「プロフェッショナルレベル」の知識・スキルを有し、企業の業務において主導的な役割を果たす人材であることを示すレベルです。

なぜITストラテジスト試験が最難関と言われるのか、その理由をさらに深掘りしてみましょう。

  1. 要求される知識範囲の広さ: 試験では、経営戦略論、マーケティング、会計・財務といったビジネスサイドの知識から、システム開発論、エンタープライズアーキテクチャ、情報セキュリティ、最新の技術動向まで、非常に広範な知識が問われます。これらすべてを高いレベルで理解していなければ、合格はおぼつきません。
  2. 思考力・応用力が試される午後試験: 午前試験が知識を問うものであるのに対し、午後試験は知識を応用して課題を解決する能力を試します。
    • 午後Ⅰ(記述式): 提示された長文の事例を正確に読み解き、「何が問題で、どうすべきか」を設問の意図に沿って的確に、かつ指定された短い文字数で記述する必要があります。読解力、分析力、要約力が総合的に問われます。
    • 午後Ⅱ(論文式): 前述の通り、この試験の最大の壁です。自身の経験を抽象化・一般化し、設問で要求されているテーマに沿って論理的に再構成する能力が求められます。単なる知識の羅列ではなく、一貫性のあるストーリーとして、自身の見解や洞察を説得力をもって示す必要があります。多くの受験者は、この「自分の経験を論文の形に落とし込む」作業に最も苦労します。

このように、ITストラテジスト試験は、単なる暗記では決して太刀打ちできない、真の実務能力と高度な思考力を要求する試験です。その難易度の高さゆえに、合格者には高い専門性と能力の証明として、大きな価値が与えられるのです。

ITストラテジスト資格を取得する4つのメリット

企業のIT戦略を担う専門家であることの証明、就職や転職で有利になる、資格手当や報奨金が期待できる、他の国家資格試験の一部が免除される

極めて難易度の高いITストラテジスト試験ですが、その分、合格によって得られるメリットは計り知れません。キャリア形成、収入、自己成長など、さまざまな面で大きなプラスの効果が期待できます。ここでは、資格を取得する主な4つのメリットを具体的に解説します。

① 企業のIT戦略を担う専門家であることの証明

最大のメリットは、「経営とITを融合させ、企業の事業戦略をリードできる高度専門人材である」という客観的な証明を手に入れられることです。

ITストラテジストは国家資格であり、その試験は国が定めた基準に基づいて実施されています。そのため、合格証書は個人の能力を公的に証明する信頼性の高いドキュメントとなります。

この「証明」は、さまざまなビジネスシーンで強力な武器となります。

  • 社内での信頼性と発言力の向上: 資格を取得することで、上司や経営層、他部門の同僚からの見方が変わります。「ITに詳しい人」から、「経営視点でITを語れる戦略家」として認識されるようになり、重要なプロジェクトの企画・立案フェーズから参画を求められたり、意見を尊重されたりする機会が増えるでしょう。これにより、自身のやりたいことや、会社にとって本当に必要だと考える戦略を実現しやすくなります。
  • 顧客(クライアント)への説得力強化: ITコンサルタントやSIerの立場で顧客に提案を行う際、ITストラテジストの資格は絶大な効果を発揮します。資格を提示することで、自らが単なる技術者ではなく、顧客のビジネス課題そのものを理解し、解決策を提示できるパートナーであることを瞬時に示すことができます。これにより、提案の説得力が増し、より大規模で戦略的な案件を受注できる可能性が高まります。
  • 自己肯定感と専門家としての自信: 難関試験を突破したという事実は、大きな自信につながります。自身のスキルセットが公的に認められたことで、専門家としての自覚が深まり、より高い視座で業務に取り組むモチベーションとなるでしょう。

このように、ITストラテジスト資格は、自身の市場価値を可視化し、周囲からの評価を高めるための強力なパスポートとなるのです。

② 就職や転職で有利になる

ITストラテジスト資格は、キャリアアップを目指す際の就職・転職活動において、非常に有利に働きます。特に、より上流の工程や、経営に近いポジションへのステップアップを考えている人材にとっては、最高の武器の一つと言えるでしょう。

多くの企業、特にDXを積極的に推進している事業会社や、大手ITコンサルティングファーム、SIerの超上流部門などでは、ITストラテジスト資格保有者を高く評価しています。求人要件に「ITストラテジスト資格保有者歓迎」と明記されているケースも少なくありません。

資格を持っていることで、書類選考の通過率が格段に上がるだけでなく、面接の場でも大きなアピールポイントとなります。面接官は、候補者が経営戦略やIT戦略に関する体系的な知識を持っていることを前提として話を進めることができるため、より深く、具体的なスキルや経験に関する質疑応答に時間を割くことができます。

具体的には、以下のような転職シナリオが考えられます。

  • 事業会社の社内SEから、DX推進部門や経営企画室へ: 既存システムの運用・保守から、全社的なIT戦略の立案・実行へとキャリアチェンジを目指す際に、資格が強力な後押しとなります。
  • SIerのプログラマーやSEから、ITコンサルタントへ: 開発・設計といった下流工程から、顧客の課題解決を提案する超上流工程のコンサルタントへとステップアップする際のパスポートになります。
  • 中小企業のIT担当者から、大手企業のIT戦略担当へ: より規模の大きなフィールドで、ダイナミックなIT戦略に携わりたい場合に、自身の能力をアピールする有効な手段となります。

もちろん、資格だけで転職が成功するわけではなく、これまでの実務経験が最も重要であることは言うまでもありません。しかし、実務経験に「ITストラテジスト」という客観的な箔が付くことで、自身の市場価値は何倍にも高まり、より条件の良い、魅力的なポジションへの扉が開かれる可能性が飛躍的に高まるのです。

③ 資格手当や報奨金が期待できる

多くのIT企業や、IT活用に積極的な一部の事業会社では、従業員のスキルアップを奨励するために、情報処理技術者試験の合格者に対して資格手当や一時的な報奨金(合格一時金)を支給する制度を設けています。

ITストラテジストはスキルレベル4の最難関資格であるため、その手当や報奨金の額も高く設定されていることが一般的です。

  • 資格手当: 毎月の給与に上乗せして支給される手当です。企業によって異なりますが、月額で10,000円〜50,000円程度が相場とされています。これが継続的に支給されるため、年収ベースで見ると大きな差になります。
  • 報奨金(合格一時金): 合格した際に一度だけ支給されるお祝い金です。こちらも企業によりますが、100,000円〜300,000円程度、中にはそれ以上の高額な報奨金を出す企業も存在します。

これらの金銭的なインセンティブは、学習のモチベーションを維持する上で大きな助けになります。受験料や参考書代といった自己投資を十分に回収し、さらにお釣りがくるケースも少なくありません。

自身の会社に資格取得支援制度があるかどうか、就業規則や人事部の規定を確認してみましょう。もしこれから転職を考えているのであれば、福利厚生の一環として、こうした制度が充実しているかどうかも企業選びの一つの基準にすると良いかもしれません。

④ 他の国家資格試験の一部が免除される

ITストラテジスト試験に合格すると、その高度な知識・スキルが認められ、他の難関国家資格を受験する際に、試験科目の一部が免除されるという大きなメリットがあります。これは、複数の資格を組み合わせて自身の専門性をさらに高めたいと考えている人にとって、時間的・精神的な負担を大幅に軽減する魅力的な制度です。

主な免除制度は以下の通りです。

免除対象となる資格 免除される試験・科目
応用情報技術者試験・他の高度情報処理技術者試験 午前Ⅰ試験(合格後2年間有効)
中小企業診断士 第一次試験の「経営情報システム」科目
弁理士 論文式筆記試験の選択科目「理工V(情報)
技術士 第一次試験の専門科目「情報工学部門
参照:情報処理推進機構(IPA)公式サイト、中小企業診断士協会公式サイト、特許庁公式サイト

特に注目すべきは、応用情報技術者試験や他の高度試験の「午前Ⅰ試験」が免除される点です。これにより、次にプロジェクトマネージャやシステムアーキテクトといった関連性の高い資格を目指す際に、対策が必要な試験範囲を大幅に絞ることができ、専門分野の学習に集中できます。

また、中小企業診断士とのダブルライセンスは非常に親和性が高く、キャリアの幅を広げる上で強力な組み合わせです。ITストラテジストとしてIT活用の専門性を持ちながら、中小企業診断士として経営全般の知識を身につけることで、他のコンサルタントとは一線を画す独自の強みを持った専門家になることができます。その際に、難関科目の一つである「経営情報システム」が免除されるのは、非常に大きなアドバンテージです。

これらの免除制度を戦略的に活用することで、効率的に自身のスキルセットを拡充し、唯一無二のキャリアを築いていくことが可能になります。

ITストラテジストの年収の目安

経験と実績、所属する企業、年齢と役職

ITストラテジストという職種は、その専門性の高さと企業への貢献度の大きさから、IT関連職の中でもトップクラスの年収水準が期待できます。ただし、資格を持っているだけで高年収が保証されるわけではなく、本人の経験、スキル、役職、そして所属する企業の業種や規模によって大きく変動します。

公的な統計データで「ITストラテジスト」という明確な職種分類はありませんが、類似する職種や民間の転職サイトなどの情報から、その年収の目安を探ることができます。

一般的に、ITストラテジストの役割を担う人材の年収レンジは、600万円〜1,200万円程度がボリュームゾーンとされています。経験豊富で高い実績を持つシニアクラスの人材や、CIO/CDOといった役員クラスにまでなると、1,500万円を超えることも珍しくありません。

年収を左右する主な要因は以下の通りです。

  • 経験と実績: 最も重要な要素です。実際にIT戦略を立案し、事業の成功に貢献した実績が多ければ多いほど、評価は高くなります。特に、大規模なDXプロジェクトを成功に導いた経験や、新規事業の創出に寄与した経験などは、年収を大きく引き上げる要因となります。
  • 所属する企業:
    • 外資系コンサルティングファーム: 実力主義の傾向が強く、高い成果を上げれば20代〜30代で年収1,000万円を超えることも可能な、最も高年収が期待できるフィールドの一つです。
    • 国内大手事業会社(メーカー、金融など): 安定した雇用基盤の上で、DX推進部門の責任者や経営企画などのポジションで活躍する場合、役職に応じて年収は上昇します。部長クラスで1,000万円〜1,500万円程度が目安となります。
    • 大手SIer: 超上流工程を担当するITコンサルタントやプリセールスとして、高い年収を得ることができます。
    • スタートアップ・ベンチャー企業: 資金調達の状況などによりますが、CDOなどの幹部として参画する場合、ストックオプションなどを含めると非常に高い報酬を得られる可能性があります。
  • 年齢と役職: 年齢が上がるにつれて経験も蓄積されるため、年収は上昇傾向にあります。
    • 30代: 担当者〜リーダークラス。年収600万円〜900万円程度。実務経験を積み、ストラテジストとしての基盤を固める時期です。
    • 40代: マネージャークラス。年収800万円〜1,200万円程度。チームを率いて、より大規模な戦略策定を担います。
    • 50代以降: 部長〜役員クラス。年収1,200万円以上。企業の経営層として、全社的なIT戦略の意思決定に関与します。

重要なのは、ITストラテジスト資格は高年収を得るための「スタートライン」や「ブースター」であって、ゴールではないということです。資格取得で得た知識と証明を武器に、いかにして実務で価値を発揮し、目に見える成果を出すか。それが、自身の市場価値、ひいては年収を決定づける最も重要な鍵となります。

ITストラテジスト試験の概要

ITストラテジスト試験に挑戦する上で、まずは試験の全体像を正確に把握することが不可欠です。ここでは、試験日程から合格基準まで、IPAが公表している情報に基づいて試験の概要を詳しく解説します。

試験日程と申込期間

ITストラテジスト試験は、情報処理技術者試験の高度試験の一つとして、年に1回実施されます。

  • 試験日: 例年 10月の第3日曜日
  • 申込期間: 例年 7月上旬頃から約1ヶ月間

申込はインターネット経由で行います。申込期間は比較的短いので、受験を決意したらIPAの公式サイトを定期的にチェックし、申し込み忘れのないように注意が必要です。

受験手数料

ITストラテジスト試験を含む情報処理技術者試験の受験手数料は、全区分で共通です。

  • 受験手数料: 7,500円(税込)

この手数料は、申込時にクレジットカード決済またはコンビニ決済・ペイジー決済で支払います。
参照:情報処理推進機構(IPA)公式サイト

試験時間・出題形式・配点

ITストラテジスト試験は、1日をかけて行われる長丁場の試験です。午前Ⅰ、午前Ⅱ、午後Ⅰ、午後Ⅱの4つの試験区分で構成されており、それぞれ形式や時間が異なります。

試験区分 試験時間 出題形式 出題数/解答数 配点 評価方法
午前Ⅰ 9:30~10:20(50分) 多肢選択式(四肢択一) 30問/30問 100点 素点方式
午前Ⅱ 10:50~11:30(40分) 多肢選択式(四肢択一) 25問/25問 100点 素点方式
午後Ⅰ 12:30~14:00(90分) 記述式 3問/2問選択 100点 素点方式
午後Ⅱ 14:30~16:30(120分) 論文式 2問/1問選択 ランクA〜D

午前Ⅰ試験

応用情報技術者試験レベルの共通知識が問われます。テクノロジ系、マネジメント系、ストラテジ系の3分野から幅広く出題されます。ここで問われるのは、高度IT人材として備えておくべき基礎知識です。他の高度試験や応用情報技術者試験に合格してから2年以内であれば、この午前Ⅰ試験は免除されます。

午前Ⅱ試験

ITストラテジストとしての専門性が問われる試験です。出題範囲はストラテジ系に特化しており、特に「システム戦略」「経営戦略マネジメント」「ビジネスインダストリ」といった分野から重点的に出題されます。午前Ⅰよりも深い知識と理解が求められるのが特徴です。

午後Ⅰ試験(記述式)

長文の事例問題が出題され、設問に対して指定された文字数(20字〜60字程度)で的確に解答する能力が問われます。3問の中から2問を選択して解答します。問われていることを正確に読み解く読解力と、要点を簡潔にまとめる記述力が試される、思考力重視の試験です。

午後Ⅱ試験(論文式)

ITストラテジスト試験における最大の難関です。与えられた2つのテーマから1つを選択し、自身の業務経験に基づいて、設問の要求に沿った論文を120分で作成します。文字数の規定はありませんが、一般的に2,400字〜3,600字程度が目安とされています。論理的思考力、文章構成力、問題解決能力、そして自身の経験を説得力をもって語る能力が総合的に評価されます。

出題範囲

IPAが公開しているシラバス(情報処理技術者試験 出題範囲)に、詳細な出題範囲が定められています。ここでは、各試験区分で特に重要となる範囲を概説します。

  • 午前Ⅰ: 応用情報技術者試験の午前問題と同じ範囲です。基礎理論から開発技術、プロジェクトマネジメント、サービスマネジメント、システム戦略、経営戦略まで、非常に広範です。
  • 午前Ⅱ: ITストラテジストの専門分野に絞られます。
    • システム戦略: 情報システム戦略、業務プロセス、ソリューションビジネス、システム活用促進・評価など。
    • 経営戦略マネジメント: 経営戦略手法(SWOT分析、PPMなど)、マーケティング、ビジネス戦略と目標・評価、経営管理システムなど。
    • ビジネスインダストリ: ビジネスシステム、エンジニアリングシステム、e-ビジネス、民生機器、産業機器など。
  • 午後Ⅰ・午後Ⅱ:
    • 事業戦略の策定
    • ビジネスモデルの策定
    • DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進
    • 事業環境分析、リスク分析
    • 情報システム戦略、全体システム化計画の策定
    • IT投資対効果の評価
    • 製品・サービス戦略の策定

これらのテーマに関する実践的な事例が出題され、受験者が当事者としてどのように考え、行動するかを問われます。

合格基準

ITストラテ-ジスト試験に合格するためには、4つすべての試験区分で合格基準を満たす必要があります。一つでも基準に満たない場合は、その時点で不合格となります。

  • 午前Ⅰ試験: 100点満点中、60点以上
  • 午前Ⅱ試験: 100点満点中、60点以上
  • 午後Ⅰ試験: 100点満点中、60点以上
  • 午後Ⅱ試験: 評価ランクA, B, C, Dのうち、「ランクA」であること。

午後Ⅱの論文評価の基準は以下のようになっています。

  • ランクA: 設問で要求した項目のすべてについて、内容が具体的で説得力があり、論理的な一貫性がある、優れた論文。
  • ランクB: 設問で要求した項目の充足度が高く、内容に説得力があり、論理的な一貫性がある論文。
  • ランクC: 設問で要求した項目の充足度が低く、内容の具体性や説得力に欠ける部分があり、論理的な一貫性に問題がある論文。
  • ランクD: 設問で要求した項目のほとんどが満たされていない、内容が乏しい、またはテーマから逸脱しているなど、論文として不十分なもの。

この厳しい基準が、ITストラテジスト試験の難易度を高くしている最大の要因です。特に、午後Ⅱ試験で「ランクA」を獲得することが、合格への最後の、そして最も高いハードルと言えるでしょう。

ITストラテジスト試験の勉強方法【4つの試験区分別】

午前Ⅰ試験の対策、午前Ⅱ試験の対策、午後Ⅰ試験(記述式)の対策、午後Ⅱ試験(論文)の対策

ITストラテジスト試験の合格を勝ち取るためには、4つの試験区分の特性を理解し、それぞれに最適化された戦略的な学習計画を立てることが不可欠です。ここでは、各試験区分を突破するための具体的な勉強方法を解説します。

① 午前Ⅰ試験の対策

午前Ⅰ試験は、高度情報処理技術者試験の共通問題であり、幅広いITの基礎知識を問うものです。ここでつまずくことのないよう、効率的に基準点をクリアすることが重要です。

過去問を繰り返し解くことが基本

午前Ⅰ試験の最大の特徴は、過去に出題された問題と類似の問題が多く出題されることです。そのため、最も効果的な対策は、ひたすら過去問題を繰り返し解くことです。

具体的には、IPAのサイトで公開されている過去問題を、最低でも直近5年分(10回分相当、他の高度試験の過去問も含む)は完璧に理解できるまで解き直しましょう。ただ正解を覚えるのではなく、なぜその選択肢が正解で、他の選択肢がなぜ間違いなのかを、自分の言葉で説明できるレベルを目指すことが重要です。多くの受験対策サイトで過去問の解説が公開されているので、それらを活用すると学習がスムーズに進みます。

免除制度の活用を検討する

もし以下のいずれかの条件を満たしている場合、午前Ⅰ試験は申請によって2年間免除されます。

  • 応用情報技術者試験に合格
  • いずれかの高度情報処理技術者試験に合格
  • いずれかの高度情報処理技術者試験の午前Ⅰ試験で基準点(60点)以上を取得

この免除制度は、合格戦略上、非常に大きな意味を持ちます。午前Ⅰの対策に割く時間を、より難易度の高い午前Ⅱや午後試験の対策に振り分けることができるからです。もし実務経験が豊富で午後試験に自信があるものの、基礎知識に不安があるという方は、まず応用情報技術者試験に合格して免除資格を得てから、ITストラテジスト試験に臨むというステップを踏むのも有効な戦略です。

② 午前Ⅱ試験の対策

午前Ⅱ試験は、ITストラテジストとしての専門知識が問われるパートです。午前Ⅰよりも出題範囲は狭いですが、より深い理解が求められます。

専門分野の重点的な学習が必要

午前Ⅱ試験の出題範囲は、主に「システム戦略」「経営戦略マネジメント」「ビジネスインダストリ」です。過去問演習が有効なのは午前Ⅰと同じですが、それに加えて参考書を用いて体系的に知識をインプットすることが重要になります。

特に、EA(エンタープライズアーキテクチャ)、BPM(ビジネスプロセスマネジメント)、IT投資評価指標(ROI, NPVなど)、各種経営戦略フレームワーク(SWOT, 3C, PPMなど)といった頻出テーマについては、用語の定義だけでなく、それがどのような目的で、どのように使われるのかを深く理解しておく必要があります。過去問で頻繁に問われる領域を特定し、その周辺知識を参考書で固めていく学習法が効果的です。

最新の技術動向や用語も確認する

午前Ⅱ試験では、過去問の焼き直しだけでなく、DX、AI、IoT、クラウド、アジャイル開発、SoE/SoRといった、近年のビジネストレンドや技術動向を反映した新しい問題も出題されます。

これらの最新用語については、日頃からIT系のニュースサイトや専門誌に目を通し、知識をアップデートしておくことが大切です。単に用語を知っているだけでなく、それがビジネスにどのような変革をもたらす可能性があるのか、という視点で情報をインプットすることが、ストラテジストとしての思考力を養う上でも役立ちます。

③ 午後Ⅰ試験(記述式)の対策

午後Ⅰ試験は、知識を応用して課題を解決する能力を試す、思考力重視の試験です。ここからがITストラテジスト試験の本番と言えるでしょう。

問題文の意図を正確に読み解く読解力を養う

午後Ⅰの成否は、数千字に及ぶ長文の事例の中から、設問で問われている核心部分をいかに素早く、正確に見つけ出せるかにかかっています。問題文には、登場人物(経営者、事業部長、情報システム部長など)、企業の状況、抱えている課題、目指す方向性などが詳細に記述されています。

対策としては、過去問題を解く際に、以下の点を意識してマーキングやメモを取りながら読む練習をすると良いでしょう。

  • 誰が(Who): 登場人物とその立場、役割
  • 何を(What): 課題、目標、制約条件
  • なぜ(Why): その課題が発生した背景、目標を設定した理由

これを繰り返すことで、複雑な文章構造の中から解答の根拠となる部分を効率的に抽出するスキルが身につきます。設問で「誰の立場で」「何について」答えることを求められているのかを常に意識することが最も重要です。

指定文字数内で簡潔に解答する練習をする

午後Ⅰの解答は、多くが「○○字以内で述べよ」という形式です。この短い文字数制限の中で、問題文中のキーワードや表現を使いつつ、過不足なく要点をまとめる練習が不可欠です。

自分で解答を作成した後は、必ず模範解答と比較し、どこが違ったのかを分析しましょう。特に、「どのキーワードを盛り込むべきだったか」「どの要素が冗長だったか」を検討することが、記述力を向上させる近道です。最初はうまく書けなくても、何度も練習を重ねるうちに、出題者が求める解答の「型」のようなものが見えてくるはずです。

④ 午後Ⅱ試験(論文)の対策

午後Ⅱの論文試験は、多くの受験者が最も苦労する、ITストラテジスト試験のラスボスです。一夜漬けの対策は通用せず、周到な準備と訓練が求められます。

自身の経験に基づいた論文ネタを準備する

論文試験では、与えられたテーマに対して、自身の業務経験を基に論述することが求められます。しかし、試験当日にゼロから経験を思い出し、論文を構成するのは非常に困難です。

そこで、事前に自身の経験の「棚卸し」を行い、論文で使えそうな「ネタ」を複数準備しておくことが極めて重要です。過去の出題テーマ(事業戦略策定、DX推進、新規サービス開発、ITガバナンス強化など)を参考に、以下のような観点で自身の経験を整理・構造化しておきましょう。

  • プロジェクトの背景・目的: なぜその取り組みが必要だったのか
  • 自身の立場と役割: プロジェクト内でどのような役割を担ったか
  • 課題分析: どのような課題があり、それをどう分析したか
  • 提案・実行内容: 課題解決のために何を提案し、実行したか
  • 結果・考察: 取り組みの結果どうなったか、成功/失敗の要因は何か

必ずしも成功体験である必要はありません。失敗体験から得た教訓を論じることも、高く評価されます。もし論文に書けるような華々しい経験がないという場合でも、日常業務を抽象化・一般化し、設問のテーマに合うように再構成することで、説得力のある論文を作成することは十分に可能です。

論理的な文章構成の型を身につける

合格論文には、ある程度共通する「型」が存在します。以下の構成を基本として、自分のネタを当てはめていく練習をしましょう。

  • 第1章(序論): 論文で述べるテーマの概要、背景、問題提起、自身の立場と役割を記述する。(約400字)
  • 第2章(本論1 – 課題分析): 設問で求められている課題や現状について、具体的な状況を分析・詳述する。(約800〜1,200字)
  • 第3章(本論2 – 解決策・実行計画): 第2章で述べた課題に対し、どのような戦略や施策を立案・実行したかを具体的に記述する。(約1,000〜1,400字)
  • 第4章(結論): 実行した結果の評価と、今後の展望や得られた教訓などを述べて締めくくる。(約400字)

この型に沿って書くことで、論理的で一貫性のある、読みやすい論文を効率的に作成できます。

時間を計って手書きで論文を作成する練習を重ねる

論文は120分という限られた時間で、手書きで作成する必要があります。普段PCでの入力に慣れていると、長時間手で文字を書き続けること自体が大きな負担になります。

必ず本番と同じ時間(120分)を計り、原稿用紙に手書きで論文を書き上げる練習を、最低でも5本以上は行いましょう。時間配分(構成検討に20分、執筆に90分、見直しに10分など)を体に叩き込むことが重要です。この練習を繰り返すことで、書くスピードが向上し、時間内に質の高い論文を仕上げる能力が身につきます。可能であれば、完成した論文を第三者(予備校の講師や信頼できる同僚など)に読んでもらい、客観的なフィードバックをもらうと、さらに効果的です。

合格に必要な勉強時間の目安

ITストラテジスト試験の合格に必要な勉強時間は、受験者のこれまでの実務経験や保有知識によって大きく異なります。一概には言えませんが、一般的に言われている目安を以下に示します。

初学者は200時間以上が目安

ここで言う「初学者」とは、IT業界での実務経験が浅い方や、応用情報技術者試験レベルの知識に不安がある方、経営戦略に関する学習経験がほとんどない方を指します。

このような場合、まず幅広い基礎知識をインプットするのに時間がかかります。さらに、最大の壁である論文対策では、自身の経験を論文の形に落とし込むための思考訓練や、実際に手で書く練習に多くの時間を要します。そのため、最低でも200時間、余裕を持つなら300時間以上の学習時間を見積もっておくのが賢明です。1日に2時間勉強するとしても、約3〜5ヶ月の準備期間が必要になる計算です。半年から1年程度の長期的な学習計画を立て、じっくりと取り組むことをお勧めします。

実務経験者や関連資格保有者は100時間程度

一方で、以下のようなバックグラウンドを持つ方は、より短期間での合格が可能です。

  • 応用情報技術者試験や他の高度情報処理技術者試験(特にプロジェクトマネージャ、システムアーキテクトなど)の合格者
  • ITコンサルタントやSIerの超上流工程担当者として、実務でIT戦略立案に関わっている方
  • 事業会社の情報システム部門や経営企画部門で、同様の経験を持つ方

これらの受験者は、すでに午前試験レベルの知識や、論文のネタとなる実務経験を持っています。そのため、学習の中心は、知識の再整理と、自身の経験を試験の形式に合わせてアウトプットする訓練になります。勉強時間としては100時間〜150時間程度が目安となるでしょう。3ヶ月程度の短期集中で合格を目指すことも十分に可能です。

ただし、油断は禁物です。実務経験が豊富でも、それを試験の論文として論理的に構成するスキルは別物です。必ず論文の執筆練習には十分な時間を割くようにしましょう。

独学での合格は可能か?

モチベーションの維持が難しい、論文の客観的な評価が困難、情報の取捨選択が難しい

多くの受験生が抱く「独学で合格できるのか?」という疑問。結論から言うと、「独学での合格は十分に可能ですが、相応の自己管理能力と計画性、そして論文対策への工夫が不可欠」です。

独学には、費用を安く抑えられる、自分のペースで学習を進められるといったメリットがあります。市販されている参考書や問題集も充実しており、それらを活用すれば合格に必要な知識をインプットすることは可能です。

しかし、独学には看過できないデメリットも存在します。

  1. モチベーションの維持が難しい: ITストラテジスト試験は学習範囲が広く、準備期間も長くなりがちです。一人で学習していると、仕事の忙しさなどを理由に中だるみしてしまったり、挫折してしまったりするリスクが高まります。
  2. 論文の客観的な評価が困難: これが独学における最大の壁です。自分で書いた論文が、合格レベルに達しているのか、どこを改善すれば良いのかを客観的に判断するのは非常に困難です。独りよがりな内容になっていても気づきにくく、本番で評価されない論文を書き続けてしまう可能性があります。
  3. 情報の取捨選択が難しい: 広範な学習範囲の中から、どこが重要で、どこに時間をかけるべきかを見極めるのが難しい場合があります。効率の悪い学習方法を続けてしまうリスクも考えられます。

これらのデメリットを克服し、独学で合格を目指すのであれば、以下のような工夫を取り入れることをお勧めします。

  • SNSや学習コミュニティの活用: 同じ目標を持つ仲間と進捗を共有したり、情報交換したりすることで、モチベーションを維持しやすくなります。
  • 第三者による論文レビュー: 予備校などが提供する単発の論文添削サービスを利用したり、職場の信頼できる上司や同僚にレビューを依頼したりして、客観的なフィードバックを得る機会を作りましょう。
  • 合格体験記の読み込み: 多くの合格者がブログなどで自身の勉強法や論文の書き方を公開しています。それらを参考に、自分に合った学習戦略を立てると良いでしょう。

一方で、通信講座や資格予備校を利用すれば、これらのデメリットを解消できます。プロの講師による体系的なカリキュラム、質の高い教材、そして何より手厚い論文添削サービスは、合格の可能性を大きく高めてくれます。費用はかかりますが、時間という最も貴重なリソースを節約し、一発合格の確度を高めるための投資と考えることもできます。

自身の性格や予算、学習に使える時間を考慮し、独学と予備校利用のどちらが自分にとって最適かを見極めることが重要です。

ITストラテジストと関連資格との違い

ITストラテジストは「経営とITの橋渡し」という役割を担いますが、類似した役割を持つ資格もいくつか存在します。ここでは、代表的な関連資格との違いを明確にし、ITストラテジストの独自の立ち位置を明らかにします。

中小企業診断士との違い

中小企業診断士は、中小企業の経営課題に対応するための診断・助言を行う専門家で、経営コンサルタントに関する唯一の国家資格です。両者とも経営に関わる点で共通していますが、専門性の軸足が異なります。

項目 ITストラテジスト 中小企業診断士
資格区分 国家資格(情報処理技術者試験) 国家資格
専門領域 IT活用を軸とした経営戦略の策定・推進 財務・会計、生産、販売、法務など経営全般
主な役割 ITを武器に企業の競争力を高める戦略家 企業の健康状態を診断し、改善策を助言する経営の主治医
視点 How(ITでどう実現するか)に強い Why/What(なぜ問題か、何をすべきか)に強い

簡単に言えば、ITストラテジストは「ITの専門家が経営を語る」資格であり、中小企業診断士は「経営の専門家がITを語る」資格です。両者は非常に親和性が高く、ダブルライセンスを取得することで、経営とITの両面から死角のないコンサルティングが可能になります。

プロジェクトマネージャとの違い

プロジェクトマネージャ(PM)も、ITストラテジストと同じスキルレベル4の高度情報処理技術者試験です。両者はシステム開発のプロセスにおいて密接連携しますが、担当するフェーズと役割が明確に異なります。

項目 ITストラテジスト プロジェクトマネージャ
担当フェーズ 超上流工程(企画・構想) 実行フェーズ(開発・導入)
主な役割 経営戦略に基づき、「何を作るべきか(What)」を決定する 策定された計画に基づき、「どう作るか(How)」を管理する
責任範囲 ビジネスの成功、投資対効果の最大化 プロジェクトのQCD(品質・コスト・納期)の達成
視点 ビジネス視点、戦略視点 マネジメント視点、実行視点

ITストラテジストが描いた壮大な設計図(IT戦略)を、プロジェクトマネージャが現場の職人たちを率いて現実の建造物(システム)として完成させる、というイメージです。戦略家(ストラテジスト)と実行責任者(マネージャ)という関係性にあります。

システムアーキテクトとの違い

システムアーキテクト(SA)も、同じくスキルレベル4の高度試験です。ITストラテジストが策定したIT戦略を受けて、それを実現するためのシステムの全体構造を設計する役割を担います。

項目 ITストラテジスト システムアーキテクト
担当フェーズ 超上流工程(IT戦略策定) 上流工程(要件定義・基本設計)
主な役割 ビジネス要件を定義し、システム化の方向性を決定する ビジネス要件を技術要件に落とし込み、システム全体の骨格(アーキテクチャ)を設計する
視点 ビジネス視点が強い(Why/What) 技術視点が強い(How)
成果物 IT戦略書、全体システム化計画 システム方式設計書、アーキテクチャ設計書

ITストラテジストが「どんな機能を持つ、どんな家を建てるか」を決めるのに対し、システムアーキテクトは「その家をどのような構造(木造、鉄骨など)で、どんな間取りにするか」という技術的な設計図を描くイメージです。ストラテジストより一段、技術寄りの専門家と言えます。

ITコーディネータとの違い

ITコーディネータ(ITC)は、特定非営利活動法人ITコーディネータ協会が認定する民間資格です。経営とITの橋渡し役という点でITストラテジストと酷似していますが、資格の位置づけや目指す方向性に違いがあります。

項目 ITストラテジスト ITコーディネータ
資格区分 国家資格 民間資格
認定主体 経済産業省(IPAが試験実施) NPO法人 ITコーディネータ協会
特徴 一度合格すれば永久に有効(失効しない) 更新制(毎年の継続学習が必須)
主な対象 大企業から中小企業まで幅広く対象 特に中小企業のIT経営支援に強み

ITストラテジストが試験一発勝負で高度な能力を証明するのに対し、ITコーディネータは資格取得後の継続的な学習と実践を重視する制度となっています。どちらも価値ある資格ですが、国家資格としての権威性や他の資格への免除制度を重視するならITストラテジスト実践的なコミュニティや継続学習の仕組みを重視するならITコーディネータという選択が考えられます。

ITストラテジスト取得後のキャリアパス

事業会社でのキャリアアップ、ITコンサルティングファームでの活躍、SIer(システムインテグレータ)での価値向上、独立・起業

難関であるITストラテジスト資格を取得した先には、多彩で魅力的なキャリアパスが広がっています。資格を武器に、どのようなキャリアを築いていけるのか、具体的な選択肢を見ていきましょう。

  1. 事業会社でのキャリアアップ
    • DX推進部門/情報システム部門のリーダー・責任者: 資格取得で得た知見と信頼を基に、社内のDXプロジェクトや大規模なシステム刷新プロジェクトをリードするポジションに就くことができます。経営層と直接対話し、全社的なIT戦略の策定・実行を担う、やりがいの大きな役割です。
    • 経営企画部門への転身: ITの専門知識を持つ戦略家として、経営企画部門で活躍する道もあります。M&AにおけるITデューデリジェンスや、新規事業開発における技術シーズの評価など、ITと経営が交差する領域で独自の価値を発揮できます。
    • CIO/CDOへの道: 究極のキャリアパスとして、企業のIT戦略およびDX戦略の最高責任者であるCIO(最高情報責任者)CDO(最高デジタル責任者)を目指すことができます。経営陣の一員として、企業の未来を左右する意思決定に直接関与する、極めて重要なポジションです。
  2. ITコンサルティングファームでの活躍
    • IT戦略コンサルタント: 資格は、ITコンサルタントとしての能力を客観的に証明する強力な名刺代わりになります。さまざまな業界のクライアントに対し、経営課題をITで解決するための戦略立案から実行支援まで、高度なコンサルティングサービスを提供します。実力次第で高年収が期待でき、多様なプロジェクト経験を通じて自身のスキルをさらに磨くことができます。
  3. SIer(システムインテグレータ)での価値向上
    • 超上流工程の専門家: 従来の下流工程(開発・テスト)から、より付加価値の高い超上流工程(企画・提案)へと活躍の場を移すことができます。顧客のビジネスを深く理解し、単なる御用聞きではなく、ビジネスパートナーとして課題解決を主導するプリセールスやITコンサルタントとして、社内での評価を高めることができます。
  4. 独立・起業
    • フリーランスのIT戦略コンサルタント: 企業に属さず、独立した専門家として複数の企業と契約し、IT戦略に関するアドバイザリー業務を行うキャリアです。自身の裁量で働き方を決められ、高い専門性を活かせば高収入を得ることも可能です。
    • ITサービスでの起業: 自身の戦略眼と技術知識を活かし、市場のニーズを捉えた新しいITサービスやプロダクトを開発して起業する道も考えられます。

ITストラテジスト資格は、これらのキャリアを実現するための「通行手形」です。どの道を選ぶにせよ、資格を活かして実務で成果を出し続けることが、理想のキャリアを築くための鍵となります。

まとめ

本記事では、ITストラテジストという資格について、その役割、試験の難易度、メリット、勉強法、そして未来のキャリアパスに至るまで、多角的に詳しく解説してきました。

最後に、重要なポイントを改めて確認しましょう。

  • ITストラテジストは、DX時代のビジネスとITを繋ぐ「戦略家」であり、企業の競争力を左右する極めて重要な役割を担います。その将来性は非常に高く、需要は今後ますます増大していくことが確実です。
  • 試験の合格率は例年15%前後、スキルレベルは最高の「4」に位置づけられる最難関の国家資格です。特に、自身の経験と思考力が問われる午後Ⅱの論文試験が最大の壁となります。
  • 難関である分、合格すれば「高度な専門性の証明」「転職での優位性」「資格手当」「他資格の試験免除」など、計り知れないメリットを享受できます。
  • 合格には、4つの試験区分の特性を理解した上で、戦略的な学習計画を立てることが不可欠です。特に論文対策として、事前の「ネタ準備」と「手書きでの執筆練習」は欠かせません。
  • 資格取得後は、事業会社のCIO/CDO、ITコンサルタント、独立など、多彩で魅力的なキャリアパスが拓けます。

ITストラテジストへの道は、決して平坦ではありません。しかし、その険しい山を乗り越えた先には、他のIT人材とは一線を画す専門家として、企業の未来を創造し、自身のキャリアを飛躍させる素晴らしい景色が待っています。

この記事が、ITストラテジストという高みを目指すすべての方々にとって、確かな一歩を踏み出すための羅針盤となれば幸いです。